帝光中学風紀委員会委員長!


the cheirman of the TEIKOU junior high school's disciplinary committee

ああ、もし今この場に神様がいらっしゃるとしたら、すぐにあいつを殺してほしい。いや、もうこの際神でなくてもいい。仏、魑魅魍魎、幽霊、天災、人間、細菌、…何でも良いから、あいつを殺してほしい。いや、いっそ出来るのなら、俺が直に手を下したい。
なぜって?俺はつい今しがた、3年B組の山田花子ちゃん(初対面で顔は覚えたが名前は知らないので仮名ではあるが)に衝撃的なプレゼントを贈られたからだ。お幸せに!という大声と共に、握らされたのはコンドームと、ローションが入ったドラッグストアの袋。プレゼントするものとしてのチョイスやセンス云々は置いておくとしても。女が、男である俺に、しかも誕生日でもなく、告白のためでもなく贈られたプレゼント。これが何を意味しているのか、さすがの俺でも分かる。
赤司征十郎。この一連の流れが生まれてしまったのも、衝動的な殺意が芽生えたのも、全てこいつのせいである。


Dig my own grave.





俺は今仕事中である。身につけているのは腕章、ブレザーが指定制服の帝光中では馴染みのない学ラン。そして、現在地は校門。何を隠そう、風紀委員の仕事中である。にもかかわらず俺は先ほど、この場でこの姿で、この、プレゼントの入ったドラッグストアの袋を貰…もとい、押し付けられたのである。
なぜこのような物を渡されたのか。理由は簡単だ。昨日の、赤司と俺のお昼の騒動が早速話題となっているからだ。それもタチの悪そうな一部の女子生徒の間で、恐ろしいほどの盛り上がりを見せているらしい。というのも今日の昼の生徒会会議が終わってから、オタクと自称する生徒会所属の女子生徒に、『先輩、凄い噂になってますけど大丈夫ですか』と言われたことから、俺はその噂の広がり方のおかしさに気がついたという訳である。つまり、俺と赤司は格好の餌食になっているというのだ。特定の女子の、井戸端会議の一つの話題として。自分が噂の対象になるのは構わないが、俺の築き上げてきた人物像がこんなにも簡単に崩されるというのが気に食わない。俺が人生をやり直すことになって数年経つが、今自分でもわかるくらい、機嫌が悪い。
その怒りのベクトルは、今行っている風紀の仕事に向けている。何人もの生徒の靴のかかとや、スカートの丈、ズボンの裾、はてはリボンやネクタイの結びが緩いところにまで目を光らせ、普段より厳しめに注意指導を行っている。そして今も、目の前を通り抜けようとする青と黄色は、俺からしたら良いカモでしかないというわけで。

「こら!青峰!それと黄瀬!こっちに来い!」
「げぇっ」「うっ」

検挙。ぎぎぎという効果音がつきそうなほど機械的に首を回し、こちらを恨めしそうな目で見てくるのは、バスケ部所属2年の黄瀬涼太と青峰大輝。俺が去年の秋に風紀指導を始めてから、ほぼ毎回と言っていいほど指導しているこの二人だが、まったく改善の余地が見られないのが、この後輩共の困ったところである。しかもむかつく事に、こいつら中2の癖に身長の伸び方が異常なのである。去年1年だった頃は俺よりも少し高いか、変わらないかぐらいだったのに、目の前にやって来たこいつらは健やかに成長を遂げ、今じゃもう完全に俺の方が見下される位置になる。まあ育ち盛りというのは人それぞれだから、俺が口を出してどうこうなるものでもないのは重々承知である。俺ももうこんな精神年齢だ。どうにもならないことか世の中にはあると、何度も体験してきている。だから身長のことは不問にしよう。しかし。だからといって俺がこいつらの風紀を正さない理由にはならない。

「黄瀬涼太ァ!」
「はっ、はい!」

まずはこの男。2年B組、出席番号9番。モデルをやっていながらバスケ部に所属。どちらもこなす努力家の人間で、成績も上位にはいるほど頭も良い。しかしそのベクトルはおかしな方向に傾く事が多い。モデルの仕事を盾にして、自分が校則違反しているのを正当化しているにも関わらず、大会出場があるバスケ部に入部するという始末である。校則違反には罰則がつきもので、大会出場の部には校則違反の際厳しい罰則があるというのに、この男はそこを理解していない。バスケ部では期待のルーキーとしてわいわい騒がれているが、青峰の話だとまだまだヒヨッコ。バスケの話はよくわからないが、青峰に憧れ、尊敬のあまりバスケがやりたくなって入ったことは本人が豪語していた。おかげで学校で勉強に割く時間がなかったのに、バスケの時間がねじ込まれたことでほぼゼロになった。本来、芸能人ともなれば相手の顔色を伺って、礼儀正しく先輩後輩の区切りをきっちりするはずなんだが、このバカはバスケとモデルの仕事、そして勉強以外は驚くほど物覚えが悪いのである。
例えば、再三注意した派手な色味の腕時計を性懲りもなくつけて来ることとか、目上の俺に対して敬語がなっていないだとか。

「その腕についている時計を外せ!外すことでモデルの仕事に支障が出るなら、せめて学校に居る間だけでもシンプルなやつにしろと前回も、前々回も、前々々回も、指導したはずだ!3度の忠告は済んでいる。仏の顔も三度だ。改善がされていないなど認めない。そいつは没収とする!」
「ええーっ!そんな!ちょっとセンパイ!」
「どうせシンプルなものなど持っていないんだろう。今外せ。外せないなら俺が外してやる」
「え?ちょっとセンパイまって、あだっ!外し方違うッス!センパイ!外し方!あだだだだだ!」

腕時計の外し方ぐらい当然知っている。しかしこいつにはキツ目のお仕置きが必要なのだ。腕時計の留め具を外さずに手から抜こうとする程度なぞ、まだ優しい。本当ならこの手首の関節ひとつでも外してやって、それでも腕時計したいの?と脅迫したいぐらいである。だがイケメンの顔が崩れる瞬間を見られたので、僅かだが満足したということにして怒りを鎮める。俺は腕時計の金具を、黄瀬がみていないうちに外して腕から時計を奪い取った。抵抗のために変に身体に力をいれていた黄瀬は、その場にばったりと倒れた。んな大袈裟な、と思い、呆れてため息をついたら、ふと目の前の影が一つ足りないことに気がついた。足下で転がっている黄瀬を見下ろしながら、大きな独り言を、正門の真横にある垣根に向かって放つ。

「ああ、それと青峰。もし革靴を持っていないのなら職員室に行って借りて来なさい。今、許可なしに俺から離れた場所に立っているのは不問とするが、その短く刈られている垣根を超えて下校した場合、風紀から親御さんに連絡を入れさせてもらう。それか…そうだな、連帯責任で所属する部の大会出場辞退でも、」
「なっ?!そ、それだけは勘弁してくれ!」

俺がほぼ息継ぎなしでこう言ったら、途中で慌てたように垣根の側の低木からガサガサっと音を立てて青峰がぶっ飛んできた。面白いくらい顔が真っ青だ。確実に最後の大会出場辞退が効いているのだろう。俺は表情が緩みかけるのをぐっ、と抑えて、しらん顔を決め込む。ここで爆笑するなど俺の柄ではないし、笑ってしまっては示しがつかない。俺は今、帝光中学風紀委員会委員長なのだ。俺の足元に横たわる黄瀬の肩が小刻みに震えているので、俺はそっと黄瀬の脇腹に足を置き体重をかけた。青峰から、黄瀬が俺に倒されたように見えるように。黄瀬はそれでも肩を震わせているが。

「ん?よく聞こえなかったな」

俺が満面の笑みで聞こえないふりをすると、案の定というか、期待通り青峰は勘違いをして、真っ青を通り越して蒼白な顔になって、突如土下座した。

「…先輩!お願いします!俺にチャンスをください!」
「ぶふっ…」

あの青峰が、敬語を使う日が来るとは夢にも思わなかった。さすがの俺も口元が緩むのを抑えられなかった。黄瀬に至っては寝たまま噴き出した。気管に入ったのか、そのままげほげほと咽せだした。思いっきり笑っている黄瀬がちょっとむかつくので、足に込める重心を少し大きくしたら、黄瀬は震えながらも黙った。俺は青峰に優しい言葉をかけた。

「ああ、そうだね。5分以内に革靴に履き替えることができたら、考えてあげよう。ただし誰かの革靴を勝手に借りてきてもダメだからね。職員室で、借りるんだよ。さ、頑張れ青峰大輝くん」

途中から青峰は走り出した。それはもう、見事なまでの全力疾走だった。俺の言葉が終わる頃に、彼は校舎の下足入れに駆け込んでいた。それを見送ってから、俺は黄瀬から足をどけてやる。すると黄瀬はパンパンに膨れた風船を破裂させたように笑いだした。あまりにも笑うものだから、俺の笑いも、さっきまで俺の中で燻っていた怒りも、何処かに行ってしまった。黄瀬が落ち着く頃には、没収した腕時計で2分が経っていた。

「ぜぇ、はぁ…センパイ、俺死んだかと思ったっス」

地面に大の字でひっくりかえったままこちらを見上げてくる黄瀬が、抗議の声をあげる。俺はそちらをちらりと見やって、正門を通り過ぎる3年の集団にざっと目を光らせた。問題はなさそうだ。校舎の方を見ても、人影はない。明日から連休が始まるため、今日部活動をやるところは少ないようだ。ほとんどの生徒がすでに帰っていると思われる。この少なさなら、後輩の風紀委員に任せても大丈夫だろう。あとは青峰を待つだけだと区切りを決めて、ここで黄瀬の抗議に対して俺も抗議をする。

「…お前達が言う事を聞いてくれれば、僕もわざわざこんなことをする必要がなくて助かる」
「にしたって酷いっスよー…あーあ、これから撮影なのになぁ」

黄瀬は起き上がり、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を手櫛で直しながら、眉根を下げて笑った。こいつ、表情が豊かだと常々思っていたが、そんな表情もするのだとぼんやり頭の片隅で思った。

「ほら、」
「え?…っと」

俺は、おもむろにポケットに入れっぱなしだった箱を黄瀬にポイと投げつける。難なくキャッチした彼は、一瞬自分に投げられたものが何か分からなかったようで、しげしげとそれを眺めた。

「これ…って、腕時計?なんで?」

透明な箱の中身に合点はいったものの、なぜ俺がそれを持っているのか、そして渡したのか理解できなかったようなので、俺は黄瀬の問いに答えてやる。

「剣道のアマチュア大会で貰ったんだ。どうせお前はシンプルな時計なんて持ってないんだろうから、今度からこれを使え。僕には必要ないものだ」

黄瀬は俺の顔を見て、驚いて硬直していた。俺はその視線をみて、ちょっと大げさすぎたかと後悔した。まぁ実際、いらなかったのは事実だ。アマチュア大会で欲しかったのは、3位の賞品となっていた時計よりも、そのセットのお米券10キロ分の方だったからだ。3位を目指すのは1度負けて3位決定戦に行かなければいけなかったので骨が折れたが、結果は我ながら見事なもので、難なくお米券をゲットしたわけである。2位や1位の賞品はテレビとかハワイ旅行だったので、必要性を感じなかった俺は他の人に譲ったということだ。にしてもなぜ時計とお米券のセットだったのか未だに謎だ。が、お米券10キロは、一人暮らしをしている俺にとっては大きな収穫である。実際、お気に入りの時計は以前に将棋のジュニア大会優勝でもらった半永久駆動のソーラー式のものなので、時計に不便はしていない。使わないのも、家に置いたまま持ち腐れにしてしまうのももったいないので、黄瀬に渡したわけだが。

「う…嬉しいっす」

こんなふうな満面の笑みでお礼を言われるなど、予想外だった。こちらまで照れくさい気分になる。黄瀬が今開けて良いかとせがむものだから、もうそれはお前のものだから好きにしろと言ってやった。そしたらまた笑顔になった。そわそわしながら開けて、いそいそと腕につけた。シンプルなシルバーの、少し安物風な腕時計は、彼の腕にはまった。こんなに喜んでくれたのならまあ良い。ちょっと良い事をしたかなと、少し気分が良くなるのを感じた。

「それと腕時計は校門を出たら返してやる。ただし今日は先生方が通学路を巡回しているそうだから、バレないように上手くやるんだよ」
「…センパイって、たまに風紀っぽくないっスよね」


「失礼だな、僕は風紀委員会委員長だ」

- continue -

2013-06-12

(後にこの腕時計が厄介ごとを運んでくる)
(自分で自分の首を絞める)