>> I'm > site index
結局、十代とのわだかまりが解けないまま、俺は異世界へと行く準備を着々と進めていた。以前話が途中になってしまったアインシュタイン博士が日本に来ているということで、俺は仕事帰りの夜にとあるレストランに来ていた。傘を閉じ、傘立てに預ける。真鍮の取っ手のついたドアを引き、高級な佇まいの店の中に足を踏み入れると、和やかな笑い声と聞き慣れない言語のやり取りが聞こえてくる。世事にも話すのが上手いわけではないが、店内を見回すうち、多少は聞き取れる英語が耳に入って来る程度に余裕が生まれた頃には、カウンター席の奥にある半個室の壁際に博士と以前ドイツに同行した秘書の方が居るのに気がついた。こちら側に同じように気がついた様子の博士が、左手をひらりと上げる。俺は会釈しながら小走りで近づく。俺の位置から背を向けて椅子に腰掛ける男が、博士の様子を見てこちらを振り返った。
「!」
アカデミアの頃からは想像もつかない背格好のヨハン・アンデルセンが、そこに座っていた。思い出の中に残る幼い印象は消え去り、しなやかで精悍で、何処か気品さえ感じられる。異国情緒漂う黒と緑で統一された洋服を身に纏うことで、よりその顔立ちが際立って周囲の視線を惹きつけているようだ。藍色の癖のある髪の毛がふわりと舞って、エメラルドグリーンの瞳に自分が映り込んだ時、少し低くなった声に純粋な驚きと喜びの色が混じっているのを感じて思わず乾いた笑みがこぼれる。昨日の今日でヨハンと会うなんて、どういう日だろう。
「久しぶりだな、ヨハン」
昨日コーヒーを飲んでいる時に、お前のこと思い出していたよ。…なんてクサい台詞を言うわけもなく、当たり障りのない言葉を吐く。あの日から大した会話もないままアークティックに戻っていったヨハンと面と向かって話すのは数年来だった。しかしよく見るとヨハンの顔は心なしか赤い。西洋の出身のため肌は白いのだが、如何せん赤すぎるのではと不審に思っていると、ヨハンは突如立ち上がって、少し離れた位置に立つ俺に足早に近づいて来る。背の高さに驚いて固まっていると、俺はヨハンの腕の中にすっぽりと収まるのだった。その時むわっと広がったのは、アルコールの香り。
「!久しぶり!元気だったか?風邪とかひいてないか?ああ、君は本当アカデミアの時から変わってないな!会えて嬉しいぜ、!」
矢継ぎ早に感情を露わにするヨハン。まるで尻尾をぶんぶん振り回しているように喜びを表してくるのは普通なら嬉しい。絡むようにハグしてグリグリ頭を撫で回してくるのも、挨拶のキスを頬にするのも、彼の国の文化の一部であると分かってはいる。
「ああ…わかった、わかったからひっつくな」
のだが、如何せん今は酔っ払いであり、俺はそういうことに慣れてない。かつ、こいつにハグされたままなのもなんだかシャクなので引っぺがす。案外簡単に剥がれた腕にため息を吐きつつ、椅子に座ろうとするが既に奥の席は博士とその秘書で埋まっていた。不本意ながら、渋々と、ヨハンの隣に座る。いつになくハイテンションなそいつの理由は、机の上に無秩序に並べられた数個のワイングラスと空になった数本のボトルにあることは言うまでもなかった。今にも飛びかかってきそうなそいつの腕をつねり適当に牽制しながら、赤ワインを嗜んでいるアインシュタイン博士と向き合う。
「くん、元気そうだね」
「あ、はい。博士もお元気そうでなによりです」
以前最後に話した時は少し後腐れの悪い話の終わり方をしてしまったから、今日会うのに少し気後れしていたのだけれど、博士のあっけからんとした態度にそうでもないことが分かってほんの少し安堵する。そこにウエイターさんがやってきて、お手拭きを手渡してくれた。充満したお酒の匂いに紛れて、ほんのりと香るレモングラスに似た爽やかさが温もりと同時に広がる。そしてまた別のウェイターさんが来て、ワイングラスが置かれる。見たことのないラベルのついているボトルから白いワインが注がれていく。
「くんも飲むといい。ヨーロッパから僕も持って来たんだが、ヨハンくんの飲みっぷりが良くてな…すまんなぁ」
「はは…そうみたいですね。大丈夫ですよ。ありがとうございます…」
ウインクした博士に乾いた笑いと感謝の世事を述べるのがやっとだった。ゲンナリしてしまったのも無理はない。この酔っ払いはあんたの仕業か。博士がすっとワイングラスを持ち上げ乾杯の仕草をするので、俺もグラスを手に取り軽く触れさせた。ガラス同士がぶつかって高い音が鳴る。一口頂くとまろやかな酸味が喉を擽った。ワインはあまり得意ではないが、これは美味しいと唸ってしまう。なかなか味わえない嗜好品に舌鼓を打って、機嫌が良くなる。
「〜」
これで甘えた声色ですり寄ってくるのが女の子だったらどんなによかったか。腕に感じるのはたくましい手のひら。ごりごりと頭を二の腕に押し付けられているのだが正直痛い。離そうにも酔っていて力加減を忘れている様子のヨハンは、アホみたいに握力が強くて外せない。勘弁してくれと博士に視線で訴えたが、その視線をものともせず、博士はいたって真面目腐った顔でこう言った。
「今日ここに来てもらったのは言うまでもない。君の異世界行きのことだ」
ガラリと変わった空気感に息を飲むと同時に、どこかその話題に触れるであろうことを朧げながら予想していた自分がいて、その言葉はやけにすんなりと胸中に収まる。それと同時に自分の肩がぐっと右肩下がりになる。ヨハンが引っ張ったのだ。視線をちらりと向けると、ヨハンは先ほどまでの暢気な様相を一変させ、まるで無表情で博士に視線を送っていた。俺はそんなヨハンに戸惑いを覚えながらも、博士に続きを促すように視線を前へ戻す。
「何かあったんですか?」
「いや、順調だ。チョーカーの最終調整も終わって、あとは渡すだけになった。今回は君が異世界に行く前の最終確認をしに来たんだよ。なに、少しばかり君の全力を見せてくれればいいんだ」
「…どういうことだ?」
地を這うような声で疑問を呈したのは、俺ではなくヨハンだった。顔は今だに真っ赤だというのに、その瞳は真剣そのものだ。一気に凍りついたように感じる場に、表情の伺えない博士と秘書は最初と変わらない雰囲気を醸している。余裕があるようにも見えたし、まるで力量の差があるとでも言いたげな突き放した印象を受けるのも無理はなかった。俺は半ば置いてけぼりを食らったように、この場を静観するしかなかった。ガヤガヤとしたレストラン特有の喧騒が、遠く聞こえる。
「くん」
「、はい」
「少しばかり実戦を模して戦ってもらいたいんだ。君が異世界でも大丈夫かどうか、最終確認をする。ヨハン君はそのジャッジ役をしてほしい」
「嫌だ」
博士のその言葉に異を唱えたのはまたヨハンだった。俺はぎょっとして、ヨハンを見やる。そこには見たことのない奴がいた。いや、正確にはヨハンだけど、顔つきがまるで俺の知る男でなかった。意思の強い視線を真っ直ぐ博士にぶつけている。何処かで見たことのあるその雰囲気に戸惑うが、一体どこでそれを見たことがあるのかわからないまま、会話は進む。
「俺はジャッジ役はしたくない」
「でも、そうじゃないとくんは異世界に行けないんだ」
「そうだとしても、と戦うなんてできない」
「心構えもないまま異世界に行くのは危険だろう」
「、…なんでヨハンなんですか?」
ヨハンと博士のやりとりの成り行きに、思わず俺が今度は口を挟む。するとびっくりした様子でヨハンがこっちを見てくる。博士も黙ってしまって、少し静かになった。
「なぜ、博士がジャッジしないんですか?」
「…君はヨハンくんに、デュエルで異世界行きを判断されるのが嫌かい?」
「、そうなのか?」
「い、いや。別にそういうわけじゃ」
しかし質問に質問で返され、ヨハンが何故か涙目で縋ってくる。俺に好意的な気持ちを、過去とはいえ持ってくれていたやつだ。気まずさがないと言えば嘘になるが、告白から時間が経過してからの再会だったし、加えて酒のせいでリアクションがやけに大袈裟なことに気圧され、否定も肯定もできない曖昧な返事にしてしまう。ヨハンはそうか、と言って大げさに胸をなで下ろす。博士はそんな俺の葛藤に気づいているのかいないのか、ニコニコと笑みを深めてワイングラスを揺らした。
「異世界に行くか行かないかの判断をするには、経験豊富なヨハン君が適任だろう?」
「…そうだけど。異世界に詳しいっていうなら、十代でもいいじゃないか」
どうも腑に落ちないと、ヨハンの拗ねたようなその一言に、俺は大袈裟に顔をあげてしまう。十代。あいつなんかにジャッジさせたら、俺の敗北は目に見えている。十代は確実に俺を異世界に行かせないために俺のデッキと相性のいいカードを揃えてくるし、俺の得意な戦略もそれなりに知っているやつだ。そんなの、わざわざ虎の穴に首を突っ込むようなものだ。
「ふむ、十代くんか…」
「確かに、彼の腕は間違いありません。 過去に何人も異世界行きの支援をしてきた実績もあります」
「だろ。俺もたまに一緒に仕事するからわかるけど、あいつは人に教えるのが上手いんだ」
これまで黙っていた秘書も、博士の悩む素振りに助言をし出した。ヨハンはどうも俺と戦う事に乗り気じゃないみたいで、十代を推してくる。このまま何もせず成り行きを見守っていたら、ジャッジ役が十代になってしまうのは明白だった。阻止したい一心で、俺は慌てて言葉を紡ぐ。
「俺はヨハンがいいです」
「…へ?」
ポカン、と間抜けな顔をするヨハン。それもそうだ、なぜヨハンなんだと言った本人が突然ヨハンがいい、なんて返すんだから当然だろう。でも俺も譲れない。なんせ俺の異世界行きがかかっている。一番の反対者である十代に邪魔されてはたまったものではない。それに、喧嘩したまま仕事で会うのは、なんとなくしたくなかった。
「え、」
「お前がいいんだよ」
「…あいつ、じゃないのか?」
ヨハンが言葉を濁しながら、こちらを伺っている。誰にもいってなかったのに、昔俺の淡い感情に気がついた奴だからだろうか、そういうのはよくわからないけど、こいつはいやに察しがいい。どうも十代と何かあったのを推し量ってるみたいなので、あえて俺は隠さずにヨハンをまっすぐ見つめた。
「ヨハンがいいんだよ。…ダメか?」
「別に嫌じゃなくて、その、…がいいっていうなら、やるけど」
「…いいのか?」
「…お前の頼みじゃ断れないさ」
途中しどろもどろになるヨハンに、なんだか申し訳ない気分になって、やっぱり駄目かと聞く。けど、人一倍お人好しなやつだから、結局頼まれてくれるんだ。なんとなく、彼が未だに俺を好意的に思ってくれているのか伝わってきて、どうもくすぐったい。それを分かってて利用しようとしてることに、多分ヨハンは気がついている。でも俺に何も聞いてこないんだから、本当、いいヤツすぎて困る。そう思って苦笑すれば、ヨハンはあたふたしていた雰囲気から一転、俺と同じように、困ったように笑った。その一部始終を見ていた博士が、すかさず口を挟んできた。
「そうと決まったら、早速やるとしよう。アカネくん」
「はい。詳細は明日メールでお知らせします。場所や時間の希望はお二人のスケジュールを提出していただいてからすりあわせようと思います。これから博士と私は手配を済ませますので、これで失礼します」
「え?は、はい」
「あ、ああ…わかった」
矢継ぎ早にいわれ、自然に博士と秘書は立ち上がって帰ろうとする。ヨハンも俺も止める間がなかった。コートをばさりと羽織り、黒い帽子を少し斜めに被る博士は様になっている。隣に立つ秘書の方も背が高いし、博士と一緒に歩いているとどこかの映画に出てきそうな二人組だなあ、などと勝手に考えていた。
「出しておいてくれ。いつもの所でいい。…ああ、そうだ。ヨハンくん、ちょっと」
秘書の方に何か指示をだしながら、俺達の座るテーブルの横を通り過ぎていった博士が振り返り、ヨハンに声をかける。ヨハンは飲もうとしていたビールジョッキから口を離し、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
『なんだよクソジジイ』
『ひどい呼び方だな。…まだ"手"をだしてないのかい』
『うるさいな。出してないんじゃなくて、出せないんだよ』
『若造のくせに意気地のない』
『俺はジジイみたいに横取りする趣味はないんだ。いいから早く行けよ』
早口で喋る言語は、どうも英語ではなかった。スペイン語のようにも、ポルトガル語みたいにも聞こえるが、ずいぶんと険悪なムードをヨハンが醸し出すので、あまりいい話をしている訳ではなさそうだ。俺はなんとなく二人を見ていたが、ふと後ろから秘書の方が戻ってきているのに気がついて、そちらに視線を向ける。
「博士。車を待たせています」
「今行くよ。…じゃあまた。くんもね」
「…あ、はい」
「今回は僕の奢りだから、好きなだけ飲むといい」
博士のその言葉に驚いているうちに、博士と秘書はあっという間にいなくなった。二人残されたテーブル席で、ヨハンと顔を合わせる。苦笑いする彼に、俺は何気なしに気になったことを問う。
「…ヨハン、博士なんていってたんだ?」
「…これとは別件のこと」
「仕事か?」
「まぁ、そんなとこ」
「へー」
ヨハンは苦笑いした。いくら同じ仕事をしている仲間とはいえ、仕事の内容まで興味はない。そういう線引きだけはヨハンはきっちりとつくっている様子だから、俺も当たり障り無いように済ませる。手に取ったワイングラスに入っている白ワインを飲み干す。改めて飲むと随分と芳醇な香りのするワインだと思う。詳しいわけではないが、前に飲んだ千円程度のワインよりも全然風味が違うことは分かる。お高いお店みたいだとは思っていたが、なんとなく確信を持った。
「それより、聞いてたか?博士、上限を言わなかったぜ」
イタズラを思いついたようなヨハンの言い回し。便乗して、俺もニヤリと笑う。そう、博士は好きなだけ飲めばいいといった。つまりいくら飲んでも博士のポケットマネーから支払われるので、俺たちは高いお酒を飲む滅多にないチャンスだと勝手に解釈する。
「ああ、聞いた聞いた。残業代にしては破格だな」
釘をささなかった博士には悪いが、飲むのが嫌いじゃない俺達はほんの少し欲張って、滅多に来れないここの美味しいお酒を堪能してしまおうと思った。メニューをヨハンに差し出されて、広げる。ウェイターさんが来て、俺の分のつまみらしいチーズを置いていった。おいしそうなチェダーチーズに視線を奪われていると、ヨハンが横からつついてくる。
「何にする?日本酒か?」
「日本酒はいいや。二日酔いになる」
「へぇ、そうなのか」
「そうなの。…ま、無難にビールにしとくか」
「わかったよ。なんか好きな種類とかある?」
「んー…好きなのはプレモルだけど…」
「…、俺は店員じゃないけど、そういう缶で売ってるのは置いてない店ってことはわかるぜ」
ヨハンが嫌な笑みをニヤニヤ浮かべだした。昔から俺が知らなかったりわからなかったりして、適当に誤魔化そうとするとやけに面白がって絡んでくる。察しろよと言いたくなるくらいズバッとした物言いや振る舞いに、俺は何度堪忍袋の緒を切ったことか。今回もまた俺があまり酒に詳しくないことを茶化してくる。悪気がないところも鼻につくし、なによりムカつく。
「…発泡じゃなきゃなんでもいい」
遠回しにおまかせすると言いサジを投げると、わかったとうなづいてクスクス笑いながら、ヨハンは手を軽くあげてウェイターを呼んだ。俺の分とは別に、ヨハンは何か珍しいお酒を頼もうとしていた。真っ赤な顔のせいで随分酔いが回っているように見えるが、呂律はハッキリとしている。数年来に再会したとは思えない、ヨハンと自分のテンポ良いやりとりになぜかアカデミア時代の雰囲気が戻ってきた気さえする。ああ、でも十代がいない。あの頃十代が間にいた時の会話の弾み方に、嫌という程ソックリだ…ここまで思い至って、まだ十代のことを考えている自分に軽くウンザリする。何処かの誰かが恋は盲目だとか言ってたが、あながち間違っていないかもしれないな、なんて自嘲する。机の上に置きっ放しの空になったワイン瓶達を眺めながらチーズをつまんでぼーっとしていたら、オーダーを終えたらしいヨハンが上機嫌にこちらを見ていることに気がつく。
「は、今ペガサス会長のところで働いているんだっけ?」
頬杖をついて、満足気に優しく笑うヨハンは嫌に絵になる。前に留学した時よりも上手な箸使いで、鉄板の上に乗っているバター味の焼とうもろこしの粒を、ひょいとつまんで口に運んだ。
「…そうだよ」
「日本に駐在してるのか?」
「うん、東京の本社」
「そっか。じゃあ十代も一緒だな」
ヨハンはそうか、と言い納得した様子でチーズを食べだした。ヨハンは母国で就職したと十代経由で耳にはしていたが、彼からそういう質問がくることに違和感を覚える。彼の会社の社長は、ペガサス会長と親しい仲だと聞く。そのよしみか、異世界行きの仕事で十代とバディを組んでいるはずで、俺の話題が出てもおかしくはないのだ。自意識過剰かもしれないが、ヨハンが俺のことを気にしてくれている様子は今までの素振りでなんとなくわかる。だからヨハンが俺の勤め先のことを聞くのはおかしいし、十代と一緒に働いていることに納得するのもおかしいのだ。
「…遊城から聞いてないのか?」
「ユウキ?…ああ、十代のことか。のことはいろいろ聞いてるよ」
十代が俺のことをヨハンと話しているのは、どうも本当だったようだ。だったら、なぜ俺の仕事のことを今日知った風なのだろう。酔っぱらったヨハンはぺらぺらと、十代から聞いたらしいことを話し出す。
「私服のセンスがいいとか、意外と甘いものも辛い物も食べられるとか。コーヒーが好きでよく、ミルで挽いてるんだってこともね」
まるで異国の言葉を聞いている気分になった。こんなたわいないことを十代がヨハンに言うのか?もやもやと違和感を感じながら、とうもろこしに手を伸ばしたとき、ヨハンが困ったように笑った。
「は十代と一緒に、住んでるんだろ」
「そう、だけど」
なんで、という前に、ヨハンは続ける。あまりに和らいだ表情をしているのが、俺の心を逆撫でしていく。
「ほどのやつが異世界に来ないなんて、可笑しいとおもってたんだよ」
「買いかぶりすぎだ」
「そんなことない。ずっと不思議だったんだ…でもようやくわかったよ、が異世界に呼ばれない理由」
「…理由?」
「うん、そう」
ヨハンはそこで言葉を切った。机の上に残っていたボトルのラベルを、つるつると撫でている。昨日夢で見たヨハンは左上を見ていたが、今のヨハンは右下を見ている。意図的な仕草でもないし、隠し事をする癖をしている様子はないから、たぶん彼は言ってくれる。俺は変な確信を持って、ヨハンに続きを促した。
「理由って、なんだよ?」
俺は聞き逃すまいと、少し身を乗り出す。しかし、ヨハンは俺のほうを見ずに、振り返る動作をした。何かと思って俺も振り返れば、ウェイターがそこにいた。タイミングを読んだのか読んでいないのか、どうやら先ほど注文したものが届いたらしい。若いウェイターが俺の前にビールジョッキを置き、ヨハンのグラスも新しいものに取り替えて、赤ワインを注ぐ。俺はつい、そのウェイターをじっとりと睨むように見てしまった。彼はそれに気が付いた風で、失礼しましたと言うと、慌てたように下がっていく。それに毒気をぬかれ、俺はヨハンの頼んでくれたビールに一口つけた。
「十代…あいつ、ペガサス会長とが接触しないように働きかけてたんだ」
何の前触れもなくヨハンは、そう言った。俯いた彼の瞳が、どちらを向いていたのかは見えないし、凍ったようなビールが喉を刺したけれど、この時の味はよく覚えていない。ただ、俺はようやく、この恋に終わりを告げる時が来たのだと、そう確信せざるを得なかった。