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デュエルの授業が終わって、俺と十代は一緒にレッド寮に帰っていた。
今日の模擬デュエルは、十代とではなかった。なんでも他の寮との交流が少ないから、たまには一緒にやろうと先生の誰かが言ったらしく、オベリスクブルー寮、ラーイエロー寮、オシリスレッド寮が三分の一ずつに分かれて、デュエルの授業が三寮混合で行われたというわけだ。
俺は普通にラーイエロー寮の男の先輩と戦ったのだが、十代はブルー寮の女の子と戦っていた。あの美人と噂の天上院明日香先輩と十代は、周囲の目につくほど仲良さげにしていて、楽しそうで。隣のフィールドで戦っていたクラスメイト(速攻をかけられて負けたみたいだった)に、あいつ本当に女子にも容赦ないよな、なんてことを話されて、まぁ、そうだな、なんて曖昧に笑って返していた。
十代は平等だ。例え相手が女子であっても、手を抜くなんてするフェミニストじゃない。それは分かっていた。けれど、やっぱり十代は彼女に、いまこの一瞬一秒をもって全力で向き合っているのだと思えば思うほど、目の前のラーイエローの先輩とのデュエルに対する集中が疎かになっていくのだった。この時俺は嫉妬していたことにすら気が付かずに、ただもやもやとした気分で居た。なんでこんなに釈然としないのだろうと、延々考えていた。イエロー寮の先輩に勝ったのに落ち着かなくて、2人を遠巻きに盗み見ては百面相していた。しまいには、その感情のベクトルが十代じゃなく、天上院明日香先輩に向いていると気が付いて、自分の中におかしな感情が湧いてくるのを感じながらも、それに嫌悪感を抱くことはなかった。むしろ、そういうことだったのかとすっきりして、今は十代の隣を歩きながら、納得のいく答えを見つけられたことに安堵すら覚えていた。
「なー、十代」
だから何気なく、普段と同じように、俺の数歩前を機嫌良さげに鼻歌交じりで歩く十代の背に呼びかけた。
ゆっくりと振り返る彼の背後で、海に身体を埋めていく太陽に瞳孔を焼かれ、視界が白とオレンジを混ぜたようになる。眩しさで目がくらんで、彼の顔を見る前に咄嗟に手のひらで影を作った。光が収束して視界が戻る頃、網膜に映り込んだのは、夕日が半分沈んだ海を背にして、屈託のない笑顔を見せる十代。
「なんだよ、」
瞬間、とてつもなく惹きつけられた。普段青く凪いでいる海が、絵の具を零したように赤く染まっていて、それがまた十代の茶色い瞳に写り込んで乱反射する。世界が十代を中心にして赤い色で無理矢理塗りつぶされているようで、どこか威圧感すらあるその雰囲気に幻想的な何かを感じたりさえしていた。
俺はたまに、十代は天真爛漫な性格の中に何か秘密を隠しているんじゃないか、なんて変に勘ぐってしまう。別に秘密が嫌いなわけじゃない。他人を守るウソだってあると思うから、別に秘密があることはいい。けれど、それを意図的に隠されてしまうとなんとも言えないのが本音だった。そんな、子供の独占欲じみた感情を言葉にするのは憚られた。今十代と自分の2人だけになったような世界の中、非現実を詰め込んだ景色に後押しされて、このおかしな感情を伝えてみたいとさえ思ってしまったのだ。
「…俺、産まれてくる性別間違えたなーって思う時があるよ」
その所為か、俺は普段だったら絶対口にしないようなことを、ポロリと零してしまった。歩みを止めない俺は、いつの間にか立ち止まっていたらしい十代を追い抜かした。
「何言ってんだ」
十代は、背後でからからと鈴のなるような声で笑った。それでようやく、自分が本当におかしなことを言ったと気がついた。気恥ずかしくて、つい黙ってしまう。出来るなら、夕日の光で蒸発してしまいたいと思うくらいだった。
「なんではそう思ったんだよ?」
十代が早足で、俺の隣に追いつく。つい、と視線で十代の足元を見て、でもまだ、彼の顔を見るのには勇気が足りなかった。誤魔化すように、首の後ろを掻いくフリして、十代から顔を隠す。
「…まぁ、いろいろあるわけです、よっ」
背の低い芝生に隠れるように転がっている石をなんとなしに蹴飛ばしながら、十代と視線を合わせずに、ただ足をすすめる。コロコロと青い葉の上を転がって、惰性で止まった石を視線で追いかけていたら、今度は十代がその石を追いかけて、俺の前に走り出た。
「なんだそりゃ。わけわかんねぇ、よっ」
十代の蹴りが、うまいこと入った。草に埋もれかけスピードを失っていた石は、あざやかに放物線を描いて、赤く染まる空に吸い込まれていった。十代の癖のある後ろ髪が風に吹かれてそよぐ。情熱を秘めた赤を纏うその背に、無意識に見入ってしまいそうで、俺は十代を追い越した。
「うっせ、…わかんなくていいし」
「あでっ、なんだよ、」
追い越し様に、脇腹を小突いてやれば、痛いとブツブツ文句を言い出す。その様子に、何時もの調子を取り戻した気分になって、俺は苦笑いした。波の音が風に乗ってくる。足の裏、靴底越しに砂を感じ始める。海辺にある寮まで、あと少しだった。
ふと、足音が一つ消えた。後ろを歩く十代が立ち止まったようだった。振り返ってみると、十代が至極真面目な顔でこっちを見ている。なに、と問う前に、彼は少し声を張った。
「、やっぱ教えてくれよ」
胸がざわざわとした。海辺から吹き寄せる風は穏やかで、優しく十代の服の裾を、俺の髪の毛をくゆらせている。足元から伸びる影はぼやけ、夕陽は限界まで沈んでいて、反対側に刻々とした夜を引き連れてきていた。
「なにを、」
聞かずとも分かっていたけど、心の何処かでそれを聞いて欲しくないと思う反面、十代の口から聞きたいとさえ思ったりなんかして、とにかくこの時の頭はぐちゃぐちゃだった。
「が女の子に生まれてたら、って考えた理由」
「…べつに、たいしたことじゃないし」
「たいしたことじゃなくていい。が何でそう思ったのか、知りたい。…だめか?」
俺はうっと言葉を詰まらせてしまう。だって、本当にたいしたことじゃない。十代は、もし仮に俺が女の子であっても、そんなの関係ないって笑いとばして、対等に接してくれることは、目に見えている。だから、別に聞かなくてもいいんだ。それに天上院明日香先輩と仲良くしていたことで嫉妬してた、なんて言って気まずくならない保証なんてどこにもない。俺は言葉を紡ぎかけて、一度口を閉じた。期待の篭った十代の視線にせっつかれて、何を伝えたらいいのか躍起になる脳はとっくにキャパシティオーバーだった。
「…なんだ、その、あれだ。さっきの模擬デュエルでお前なんか、天上院先輩にも対等に接してるし、楽しそうに話してたし、なんか裏表なくてそういうのいいなって、んで、女の子だったら惚れそうになったんだろうなーみたいな、まぁうん、なんていうか、そんなとこ」
きょとん、という効果音でもつきそうな、驚きを純粋に乗せた顔が俺を見ている。俺は初めこそ言葉を選んで慎重に話そうとしていたのに、途中から自分でも何を言っているか分からなくなり、気恥ずかしいことまで口走ってしまって、早口で切り上げた。ふい、と十代から夕焼けのほうに顔を背けて、目を細めた。それから砂浜の途中にある、腰ほどの高さの大きな石に腰掛けて、夕焼けを眺める。
「…なんだ、惚れてくれないの?」
先程まで立ち止まっていた十代が、隣に歩いてきた。言葉の意味が咀嚼できなくて彼の表情を見れば、冗談を言っている割には、穏やかな表情をしていた。こんな顔もするんだと、珍しいものを見たようにこっそり目に焼き付けながら、また顔の向きを夕陽に戻して唸るように返す。
「そりゃ、そうだろ、」
男なんだから、という言葉は胸にしまった。なんだか、本当の胸の内を言ってしまったら十代に変に思われてしまいそうで、怖かったのだ。高校生なんていう、一番感情の揺れ幅が大きい時に、彼に思いの丈を伝えることは、無意識にするのをやめていた。それはある種の自己防衛だったが、それに気がつけるほど俺は大人ではなかった。
「なんだよ、。俺がカッコいいのは当たり前だろ。惚れていいんだぜ」
十代はキラキラとした瞳を弓形にしならせ、満面の笑みで俺の顔を覗き込んできた。予想の範疇になかったその言葉に、俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。いや、いっそ悪化すらしたのは、この時かもしれない。彼はどうして、俺が欲しいと思う言葉をこんなに簡単にくれるのだろう。
「ぶはっ!おま、…あっははは!それっ、ふつー自分で言うか!?」
「へへっ、どうだよ?男前だろ?」
「うわ、なんだよそのポーズ!ふ、ふふっ、あははは!」
「えっ?そんなに変?」
「変だよ!ははっ、ふふ、」
砂浜にひっくり返った俺の隣に、十代が座り込んだ。拗ねた子供みたいに口を尖らせているくせに、でも本当は笑いたくて堪らなさそうな上がり調子の声が、絵面に似合わずチグハグだったから余計可笑しくて、俺は耐え切れずにまた噴き出してしまうのだった。
「なんだよ。そこまで笑わなくてもいいだろ」
終いにはプンプンと怒るフリさえしてて、それで俺が爆笑しジタバタと足を動かせば砂埃が舞い上がりかけて、十代がおりゃ、なんて言って足を抑えてくるから、酷くこそばゆくて何が面白いのかわからないくらいに腹を捩らせた。暫くもだもだと突っつきあっていたら、俺と十代は砂まみれになっていた。呆れたように息を吐きだした十代に、流石に笑いすぎたと我に返って、慌てて上半身を起き上がらせる。
「ごめんって」
十代はツンとして、返事こそなかったけど、頭を犬みたいに振るって俺の顔面に砂をぶちまけて、俺があまりの痛さにもんどりうっていると、十代が声を上げて笑いだし、砂浜にひっくり返った。俺はしてやられたと思って、被った砂を払うのも面倒になり、目のあたりの砂だけはらって海を見た。笑い転げる十代の明るい声が静かな一帯に吸い込まれていって、それで夕陽がいつの間にか海の奥に溺れていたのに気がついた。もう夜はすぐそこだった。遠くの灯台に光がポツンと点いて、真っ直ぐな閃光がまだオレンジの残る海さえも照らそうとクルクル回り出す。
「…でもさぁ、」
「んー?」
「俺はが女の子でも良かったって、思ってるよ」
「へ…」
予想外の台詞に、頭が真っ白になる。何を言ってるんだと問いかけることすら頭の中から抜け落ちて、空いた口が塞がらなかった。
「だってはだろ。そういうのって、性別がどうこうとか関係ないと思う」
そう言って、普段より落ち着いたトーンの十代が起き上がって、視線が直球でぶつかり、心臓が跳ねる。
「だから、ずっと友達でいような!」
さざなみの音が、耳に突き刺さるほどの一瞬の静寂。それは俺だけが感じた、数秒にも満たない合間だった。けれど俺は直感した。彼が眩しいと、ただそう思った。情熱的、それでいてどこか孤高な太陽は、網膜に焼き付いて、ちょっとやそっとじゃ消えてくれそうにない。こんな薄汚れた感情を彼に抱くのなら、いっそ忘れられたらどんなに楽だろう。
「…バーカ、当たり前だろ」
だから、あえて友達なんていう言葉を言わずに、皮肉ったような言い回しで誤魔化した。喉に巻きついて上手く笑えていないと、わかっていたから俺は視線を空に泳がせて言った。
「へへっ、だよなぁ」
俺の返事に満足したように笑い声を零す十代に、顔を向けられない。砂に落ちる自分の影の輪郭はとうに消えかかっていて、肌を撫でる潮風が、陽が出ていた時より少しだけ肌寒くなっていた。
「よっしゃ、なぁ!デュエルしようぜ!」
気合を入れるように膝をパシンと叩き、十代は立ち上がる。ズボンやジャケットやらについた砂を払う動作すらせず、俺の方を振り向きざまに腰のデッキを掴んで突き出してくる。砂浜に座ったままの俺は、自然と上を見上げる形になる。あたりは案外夜の戸張を下し始めていて、もうすぐしたら寮の夕食の時間になるのは目に見えていた。
「はあ?お前、さっきまで散々やってただろ」
呆れたように横で視線をやれば、十代はあからさまにむっとした。機嫌を損ねたかと思う反面、十代は先ほどのデュエルの授業で散々戦っていた。俺は夕飯のことを考えていたので、断り文句を一二言付け足そうとしていたのだが、十代は俺の言葉を遮るように、動いた。それにつられて俺も顔を十代の方に向けたら、思ったより近い位置に十代の顔があった。
もう、夕日の赤だけじゃ誤魔化せないような熱が、自分の頬に集中する。薄暗い闇の中で、きらきらと輝く彼の瞳を至近距離で垣間見てしまって、出かかった言葉を喉に詰まらせた。けど、そんな十代の顔が、悪戯を思いついたときのものになっていると気が付いたときには、もう遅かった。
「俺達、今日まだやってないだろ。だからやるの!」
ぐん、と腕を引っ張られる。世界がひっくり返ったようだった。俺は無理矢理立ち上がらされて、上手にバランスをとれない。先ほどの言葉を反芻する暇もなかった。
「早く帰ろう!」
「わ、ちょっと、引っ張んなよ!」
そんな俺の様子などお構いなしに、十代は走り出す。その動きに翻弄されつつも、俺は十代の後ろで必死に転ばないよう足を動かすしかなかった。強引なのに、拒めない。理由はわかりきっている。俺達がデュエルするのは毎日のことでも、天上院明日香先輩とか、他の女の子は十代と毎日デュエルをしていない。本当に些細なことだけど、変な優越感がじわじわと湧いて出てくるのを抑えられなかった。彼とは友達でなきゃいけないとわかっているくせに、その一線のギリギリのラインに立つことの果てしない背徳感に塗れることに喜びなんて感じている。その癖に、彼にとって"気心知れた友人"という立場に甘んじる以外に、彼の特別でいる方法を知らなかった。知っているフリをして、見ないようにしていただけだった、と言うこともできた。
引っ張られる手のひらから伝わる温もりが、離れてくれない。このまま、二人でどこか遠い世界に行けたらと、叶いもしない願いが胸に灯ったのはこのときが初めてだった。
そしてこの時から俺はずっと、十代への想いに固く鍵をかけている。