チャイムが鳴っても十代は目を覚ます様子は無かった。
唯一出せる声だけで彼を起こす努力はしたものの、彼が起きる前に喉が潰れそうだったので諦めた。
目を瞑ってしばらくの間、夢うつつとまどろんでいるうちに、十代はいなくなっていた。
ただひとつ、やけに大ぶりな千羽鶴が、俺の枕もとに飾られていただけだった。

計画されたストーリー


夕方、学生や会社員が帰宅する時間帯。
意識が戻ったという一報を鮎川先生から受けたという鮫島校長と大徳寺先生が、突如病室にやってきた。

「すいません、何もお構いできなくて」

俺はベッドから起き上がれない状態のまま、横に置かれた丸椅子に座る校長を見上げる。

「かまいませんよ。君はまだ安静にしていたほうがいいはずですしね」
「あっ、僕、お茶を入れてくるのにゃ」

カーテンの傍らに立っていた大徳寺先生が、どこか落ち着きのない様子で、退出しようとした。

「いえ、大徳寺先生もここに居てください」
「えっ?あ、わかりましたのにゃ」

校長先生の言葉に酷く狼狽した様子の彼だったが、なにか悟ったらしく遠慮がちに戻った。
俺と校長を交互に見ながら不安そうに佇む彼を確認した鮫島校長は、腕を組んで、慎重に言葉を選びながらこう切り出した。
何を話しだすのだろうか、戦々恐々、ずっと口を閉じて耳をすませる。

「今日はですね、君の背中に生えている、という翼のことについて、話がしたくて来たのです」

どきりとした。思い出すのは去年の、俺がアカデミアに就職して1ヵ月経ったか経たないかの頃だ。
あの時十代達は翼を見たと言っていた。校長もそんなことを聞いてくるなんて予想外だった。

「あの、すいません、その時の記憶が曖昧で、自分でもよくわからないんです」
「ふむ…」

鮫島校長は黙想を始めてしまった。俺にだってよくわからない事を聞かれて、答えられる訳がなかった。
視線で大徳寺先生に訴えると、彼も眉をハの字にして首を傾けていた。
静かになった室内では、外の音が存在を誇張するだけで、あとはすべて石のように動かなかった。
ややあって、俯いて宙を見詰めていた校長が、ぱっと顔を斜め上に上げた。

「確か、大徳寺先生は見たと言っていましたね」
「そ、そうですにゃ。十代くんが墓守とデュエルしている途中で、白い光と共に翼の生えた先生が現れたのにゃ」
「よかったら、もう少し詳しくお願いできますか」
「ええっと――ー」

大徳寺先生は所々つっかえながらも、その時の状況を克明に陳述した。

墓守の男は俺の事を、何度も"光の罪人"と呼んでいたこと。
羽ばたいたという翼は、俺の意識とは別に動いてるみたいだったということ。
十代と墓守の男のデュエルが終わった瞬間に、俺に生えてた翼は消えてしまったこと。
それから俺の服に穴があいてて、その穴に沿って、肌にひきつったような痕が縦に2本あること。
もしかしたらそこから翼が生えていたのかもしれないということ。

「なるほど…」
「僕の分かることはこれぐらいしかないですにゃ」

幾つか彼の主観的な推測などもあったが、おおかたの事情は、気絶していて知らなかった俺にも分かった。

"罪人"という言葉に、俺は心当たりがあった。あの夢だ。夕焼けの映った窓が視界に入る。
結果論ではあるが、彼の人生を狂わせたのは、他でもない自分であると、そう思わないでいられなかった。
彼は死んだわけではない。彼は今もまだ本土の病院で入院を続けている。
でも、怖いのだ。彼は自分を覚えていないかもしれないし、覚えていて、夢のように彼は俺を――。

「大徳寺先生ありがとう。先生はこの話を聞いて、何か思い当たることはありませんか」

突如質問をふられて、回想していた思考が途切れてしまった。
でも、これは自分に対する欺瞞でしかない上に、仮に話したとしても、根本的な解決に至るとは思えなかった。
なにより自分が、真実を知ることに妙な抵抗感を覚えていた。

「……すみません、何も」
「そうですか…」

震える声に気が付いたのかそうでないのか、校長は落胆した様子で呟くだけで、これといった反応をしなかった。
射しこんでくる赤い光線が、校長と大徳寺先生と、白い部屋を照らしあげている。

「そういえば、」

思いついたように突如、大徳寺先生が言うので、俺ははっとした。
座る校長より高い位置にあり、太陽があたる彼の顔の眼鏡が鈍く光る。
先生の背後、視界に割り込んでくる天井がやけに真っ黒に見えて、それが無性に怖く感じたのは、この時が初めてだった。

「錬金術の分野に、光と闇について調べる分野がありますにゃ。もしかしたら何か参考になるかもしれませんにゃ」

顔に笑顔をたたえた大徳寺先生の普段閉じた瞳が、うっすらと開いて此方を見た、気がしたから。
俺は不躾けだと分かっていながらも、ねめつけるように彼を凝視してしまったのだ。

(一種の予兆のサインを見逃したのは他でもないこの俺だ)
(片鱗を垣間見たのち、未来の可能性のひとつを放棄する)