昼食を取った後、俺達はまた遺跡へと足を進め始めた。
それから小一時間経ってようやく遺跡に辿りつき、一種の達成感を覚えていた。はずだった。
だのに俺は今夢の中にいる。
瞼が閉じられているので、状態を端的に表すなら俺は眠っている。
なんでだろうか。遺跡付近の門をくぐった先の事を覚えていないのだ。

現状と心情の不一致


そして俺はようやくそこで意識の覚醒を認識し、目を無理矢理こじ開けることに成功した。
酷くぼんやりとした夢を見た気がしたが、俺が内容を思い出すことはなかった。
激痛が首から背中にかけて走り、意識が全てそちらに向かってしまったのが、大きな一因だろう。

「うっ…」

筋肉痛とか、肩こりとかじゃない。肉だ。肉がえぐれている感覚がするのだ。
仰向けに寝そべっていた体勢をどうにか動かし、うつ伏せになればいくらか痛みもマシになった。
俺は瞼を閉じて、その痛みが過ぎ去るのを待ったが、一向に去る気配がない。

動かせる手を背中に恐る恐る回し、着ている服ごしに、そっと触ってみる。
ぬるりとした液体でやけに温かい何かが指先に纏わりつくのを感じ、血の気が引いていった。
俺は、どうも怪我を負ったようであり、かつ処置がされていないらしかった。
じんじん、広がるように痛い。第一この痛みがどうして発生したのかわからない。

「…く」

これ以上手を背に回す体勢を続けるのは厳しいものがあった。俺は重力に従うことにした。
冷たいコンクリートのような感触を半身全体で感じながら、鮮明でない思考を強引に動かす。

ここまでに不可解な点は数え切れないほどあるが、特別留意したいものがあった。
心なしか背中が重たいのである。肺が圧迫されるような重みが、背中にかかっている感じがする。
しかもそれが、ちょうど自分が怪我しているであろう肩から背中にかけての部分を押しているのだ。
痛くないはずがない、さながら傷口に塩を塗っているような、そんな痛み。
俺はうつ伏せから横向きに身体を転がすことで、激痛を少しでも和らげようとした。

その時、閉じていた目を開けたところ、目前に広がった風景に呆然とするしかなかった。

「(なんだ、此処は―――)」

石できた、見たこともない簡易な部屋(むしろ家具も何もない)の中、俺は横たわっていた。
視界の隅の壁にある窓は高い位置にあり、外の様子は見えそうにもない。
窓と反対の位置にある壁には、牢屋の鉄格子がはまっている、もとは出入り口だったものが見えた。

閉じ込められている。自分は閉じ込められているのだ。
誰も居ないこの牢屋のような部屋で、怪我をして、手当もされないで放置されている。
そう思うだけで気分が悪くなって、貧血も相まって俺は意識を手放しそうになった。

「おい貴様!」

落ちる。そのすんでの所で、牢屋に大声が響き渡り、揺さぶられた鼓膜が脳を再び起動させる。
自分で分かるほど血の巡りが悪い。背中が脈打ち痛みをこの身に教えてくる。
カシャン、と金属同士がぶつかり合って高い音が響いた。
足音が近づいてくる。荒っぽい震動が自身の視界を酷く揺する。

「起きろ」
「…」

俺の目の前で止まったその声の主が自分の救出に来たのではないことは明白だった。
閉じかかった瞼が瞬きのために震えた一瞬の間、迫りくる手が俺の頭を無造作に掴み、持ち上げる。

「起きろと言っている!」
「っぐ…」

酷い痛みだった。思考回路の半分以上を持って行かれそうになる。
でもそれも、じくじくという背中の痛みに比べたら、何と言う事もなかった。
身体が言うことを聞かないので、掴まれた頭と、つたない足下の支えだけで立つしかない。
そんな変な体勢のまま、男は俺の顔姿をじろじろ眺めてきた。
薄く開いた視界に男の顔はよく映らない。自分の喉からひゅーひゅーという変な音が出てくる。
残った理性が怒りを湛えていた。無意識にぎりりと口内を噛む。

「光の思念体を持っているな?」
「…し、ねんた?」

鉄の味を感じながら、俺は吐き出すように疑問を返す。
聞きなれない単語を問われてもどうも返答できるわけがないのだが。
度々飛びそうになる意識を必死で引きとめ、この事態の推移を知る手掛かりになりうる男を凝視した。
それでも霞がかった視界はクリアになることはない。

「とぼけるな!質問に答えろ!」
「!グ…、ゲホッ」

胃の辺りに鈍い痛みを覚える。同時に俺は地面へと崩れ落ち、身体全体を石畳の床へ打ちつける。
吐き気と同時に大きくむせ、丸めた体のまま、冷水に漬かったような脳が体へ危険信号を発信する。
じんわりと広がる腹部の痺れは、自分が殴られたことを象徴するように主張する。

「(何なんだ、…なんで、こんなことに)」

次に脳を占めたのは、今まで感じることのなかった理不尽さに対する恐怖。
死に対する慄きの感情は、平和というぬるま湯に浸けられた自分に打撃を与えるには十分だった。

「…やはり持っているではないか!」
「ひ、うっ…」
「神聖なるこの地に足を踏み入れるとは、なんたる冒涜だ!」

ふと背中に違和感を覚えたが、それもすぐ頭から吹っ飛んでいくほど、強く脇腹を蹴りつけられる。
肩を上下させて息をしないと苦しくて、その時自身の体にはたまったものではなかった。
もはやこの男が何を言っているのかなど考える余裕もなく、ただ必死に震える体を掻き抱いた。

「この闇の世界に、光は必要ない!やはり処刑台へ――…」

背中に感じる何かの温かい重量感と、布越しにも感じる石畳の冷たさは、やけにリアルで。
そこで限界の頂点に達したらしく、俺の意識は闇へ沈んでいく。


(鮮烈な痛みは腹部のものか、背中のものか、それとも、)
(慕い敬う神を持たぬこの自分が、どうか夢であってほしいと神に願うことの、なんとおこがましいことか!)