俺は猛烈に後悔している。どうしてこんなことになってしまったのか。
元はといえばあの社長が全部の元凶なのだ、ということで、少しでも心の傷を癒そうとした。
もしも今過去の自分に戻れるとしたら、アカデミアの就職決定の辺りからやり直したい。

温かいカードの束


夜も更けた時間帯の、教員宿舎の前。
大きなキャリーケース2つとボストンバッグ2つを抱える俺は、暗闇の中、ゆっくりと歩を進めていた。
地面が土なので、キャリーケースの移動が困難だから、ひいひい言いながら持ち運んでいる。
自分の宛がわれていた部屋から降りて来た時は、そこまで辛くなかったのに。
腕に限界を感じて荷物を下ろすと、一気に軽くなる。ついでに両肩に食い込んでいたボストンも下ろしてしまう。
はあとため息を大きくつくと、薄暗い空気の上にぼんやりと白い息が浮いた。

今日の朝方、ある事件が発生した。明日に控えた、アカデミア開催の武藤遊戯展の会場で。
イベントのメインである武藤遊戯、その本物のデッキが何者かに盗まれたという事は、俺の耳にも直ぐに入ってきた。
もうその時は俺はどんな顔をしていたことか。さながら死刑宣告を受けたようだったに違いない。
だって俺はこの世に唯一無二の、ジュラルミンケースの鍵を管理していたはずなのだ。
首からかけていた、馴染みのないその重みが無いと気づいたのは、アカデミア本校の事務室に着いてからだった。

まあ要すると、俺は学園からの逃亡を図っている。あわよくば国内からも逃げるべきかとすら考えている。
空っぽになったはずの銀色のジュラルミンケースさえも、俺の手元には無い。
というか俺は被害者だ。なんにも悪くない。…とはいっても多少の背徳感はある。
直接的な原因をつくったわけではないが、鍵が無くなったのは俺の失態だ。そこは否定しない。
俺がここまでしているのは、どちらかといえば、某企業の社長が、痛い所を突いてくるのが目に見えていたからである。
それだけは絶対に嫌だ。しょうもない賠償金とか科せられたらたまったもんじゃない。
我ながら酷い被害妄想だとも感じる。しかしあの先輩は普通にやりかねないので、俺は恐ろしかった。
一体いくらの賠償金だろう。俺は半分、戦意喪失していた。

そうやって先の事を悲観していたせいで、俺は背後からやってきた人影に全く気が付けなかったのだ。


「のわあぁ!?」

俺は情けない声を上げた。自分でも柄ではないと思うが、その声は暗闇に良く響いた。
顔が熱を帯びるのを感じながら、勢いよく振り返る。ぼんやりと白が見えて、さらに視線を上げていくと、顔があった。
名前を呼んだのは亮だった。見知った顔の登場により、俺は余計心拍数まで上げるはめになる。

「…十代、居たぞ」
『サンキュー!今行く!』

呆れた視線を寄こしながら、固まった俺を余所に彼はそう言った。
彼の右手に握られたPDAからは、十代の大声。俺にまで聞こえるほど辺り一帯に響く。
その際、亮がPDAを耳から出来るだけ遠ざけていたのを見た。

「何で十代を呼んで…」
ーっ!」

俺が疑問を亮に投げかける前に、俺の後ろ、亮の正面からまた大声。
そんなまさか。俺は振りかぶるように背後へ顔を向けた。
案の定というか、彼はそこにいた。

!」

陸上選手もびっくりのスピードで俺の目の前に止まる。
超人染みたことをやってのけた十代だったが、彼は人間らしく、顔に汗を滲ませているのが見えた。

「、
「…」

息が荒いまま、彼は俺の名を呼び、腕をがっちりと掴んだ。普段の彼には似合わない、真面目な表情だった。
俺はなんて答えたらいいのか分からなくて、そのまま固まっていた。
目を閉じ、大きく深呼吸した彼が息を吐きだすと、彼はへにゃっとした笑顔を浮かべた。

「これ、渡そうと思って」

十代が掴んだ冷たい俺の手、彼に握らされるように渡されたのは、ほのかに温かいカードの束。
それは俺が今朝から今に至るまでの原因を作った、因縁の物でもあるわけで。
俺は言いようのない気持ちでいっぱいになって暫く声が出なかったが、次の十代の言葉で現実へと戻される。

「これ無いと解雇されるんだろ?」
「…なんで、それ知ってんだ」
「えーっと…セトって人からPDAにメールがきて、それで」

俺は、この一連の出来事があの先輩の陰謀ではないかと思うだけで、軽く眩暈がした。

(後日先輩に苦情の電話を入れたところ、至極楽しそうな声で解雇通達を出されそうになった)
(俺、がいないと嫌なんだ)