恐怖体験の翌日、目を覚ましたが部屋は何ら変わりなく、何時も通り静寂と冷気が部屋を包むだけであった。
さながら悪い夢を見たようだと横たえていた体を起こせば、何かが床にひらりと落ちたのに気がつく。
既に覚醒した脳は落ちたそれを拾いあげることを決定して、俺は上半身を折って腕を伸ばす。
それはカードだった。十代達が持つ、デュエルモンスターズのカードと酷似していた。
カードをひっくり返してみると、なんと、そこに描かれた絵が昨日見た"やつ"と瓜二つだったのだ。

意識の外を呵責する


ある日の早朝。俺は本土から高速のフェリーで戻ってきて、購買に食品の原材料の類を運び込んでいた。
トメさんと一緒に、トラックに大量に積まれていた小麦粉の袋や野菜果物のダンボールを、食糧倉庫の棚に置く。
その最中俺はトメさんから、ある話を聞いた。

「…それ本当なんですか?」

俺は驚いて、小麦粉の袋を棚に置く体制のまま固まり、トメさんに聞き返した。
トメさんはそうよ、と肯定のリアクションを取った。彼女はせわしなくまたトラックへと踵を返していった。
こう俺が発言するに至るまでの会話をまとめると、ブルー寮の生徒達が、カードの精霊に襲われていたという話だった。
被害は3人だけで、そこまで大事には至らなかったらしい。

ちゃんは私の代わりに本土まで食料品の調達に行ってくれたしねぇ、知らないのも無理ないわよ」

唖然とする俺に言葉をかけてくれるトメさんの声は耳に入ってこなかった。
俺は4日前に起こった、ほとんど記憶の隅に追いやられていた不思議体験を思い出していた。
今思うと、あの気味の悪い化物は、今回事件を起こした犯人なのではなかろうかと疑わしく思える。
置いてあったカードに至っては、ある生徒に渡してしまった記憶が確かにある。
そんな非現実はあり得ない、というのが自論だが、俺はその瞬間だけはその事すら忘れて、ただぞっとした。

「誰が襲われたんですか」

トメさんは一瞬目を見開いた。それから彼女は間をおいて、私は知らないというような事を少し早口で言った。
その様子で俺が切迫したようなふうになってしまったことに、後から気が付いた。
ちょっとだけ、脳が冷えた。止まっていた手を動かせたのはそれからだった。
何時もなら荷物の搬入を終えると、購買に商品を陳列するのだが、その時の俺がどうであったか、よく覚えていない。

HRの開始を告げる鐘が鳴った。俺はトメさんに一言言葉をかけてエプロンを外し、購買を後にする。
急く気持ちを抑えきれないまま保健室に足を向けると、鮎川先生が酷く意外そうな表情で俺を見た。
俺は惰性的に鮎川先生を見る形になったが、彼女はその様子が並々ならぬものだと感じたようで、表情を改めた。

「おとといから今日までに来た生徒の中に、高寺ってやつはいませんでしたか」

ゆったりと足を組んで黒い椅子に腰かけていた鮎川先生は、立ちあがって台帳を取り、それを開いた。
俺が息を整え終える前に、紙を捲り、紙面を滑らせている彼女の長い指が、ある位置でぴたりと止まった。

「―――来てるわ。2日前に」

ヒールの音を少し立てながら、ドアの辺りで立つ俺に、そのページを開いた台帳を手渡してきた。
そこには確かに、高寺という名前があった。俺は素早く眼を動かして情報を得る。
軽く骨にヒビ。捻挫。命に関わるような怪我ではないようだった。
前に立つ鮎川先生の顔が、ふと顔をあげた俺の視界に飛び込んできた。

「その子、本土の病院に入院したの」

声を失った。彼女は辛そうに瞼を伏せた。俺は金縛りにあったかのように、目をそらせない。
でも、ここには入院するほどの怪我について書かれていない。それはどういうことなのか。
視線で訴えれば、その答えは返ってきた。

「…記憶喪失になったそうよ」

その時、俺は心に重たい何かを落とされたような気分になった。
―――あれは夢ではなかった。心臓の音が周囲の音をかき消す。鈍った思考のまま、俺は鮎川先生に台帳を返す。
口をつぐみ何も言わないで保健室から踵を返した。
なんだか後ろから呼びとめられている気がしたが、気の所為にした。


意識がないような状態のまま俺が向かったのは、屋上だった。
授業の時間だから、当然誰も居ないひらけたそこに、冷たい風が吹き抜けている。

「…?」

ふと声が俺を呼んだ。右の方に身体ごと動かすと、うまい具合に風を避け、冬特有の淡い陽があたる場所に十代は座っていた。
彼は、カードを手に持っていた。俺は目頭が熱くなった。
足が急に重たくなる。詰めていたらしい息を吐き出すと、上手く呼吸ができなくなっていた。
膝に手をつくことで、倒れこみそうになった身体を必死で支えた。頬を液体が伝った。

「おい…どーしたんだよ…」

憔悴しきって項垂れる俺を見て、十代は訝しげに此方を見て言うが、それ以外に何をするでもなかった。
ただ、彼は俺から少し離れた位置に座っているだけだった。

(俺は、俺は、なんということをしてしまったのか)
(こうして自責の念は追い打ちをかけ、一生影に付きまとうのだ)