雪をもろに受けて俺は怒り心頭だった。柄にもなく十代の頭を殴ったりなんかしてしまった。
朝から寒い中雪かきをさせられていた所為にしておこう。ただ、十代はタイミングが悪すぎたのだ。
渡した手袋の冷たさ
本来なら実技の授業がある5時間目のころ、十代は俺と一緒にレッド寮の清掃をしていた。
今は十代が1階の食堂の窓を拭いている。俺はとっくに床とテーブルの清掃を1人で終えて、椅子に座って待っていた。
誰も居ないレッド寮の食堂は十代の窓を拭く音しかせず、点いていないストーブは存在を重く沈ませている。
築うん十年のこのオンボロ寮は建てつけが悪く隙間風が酷い。
今は外は風こそないが、室内だというのに恐ろしく寒い。外と大差ない温度だ。
「、この窓で終わりだぜ!」
「おう。頑張れー」
レッド寮の清掃に十代を手伝わせることになったのは昨日の一件が理由のひとつである。
もうひとつの理由は至極簡単なことで、クロノス教諭の授業に無断欠席した所為だ。
あの後、俺が彼を殴ったことで、俺の怒りを察知した十代。
彼が逃げ出したので俺はその後を追いかける。お灸を据えないと駄目だと俺は十代への説教のために捕まえようとした。
その途中でチャイムが鳴り響く。それは1時間目の授業の開始を意味していた。
『げっ…不味い、始まっちまった!』
急に進行方向を変え、慌てて教室に滑り込んだ十代を待ち受けていたのは、クロノス教諭。
怒り心頭のクロノス教諭の罵声を浴びてあの十代もさすがにマズいと感じたようだった。
あたふたと弁明しようと試みる彼を、崖から突き落とすような気分で俺は教諭の前に、十代の背後に姿を現した。
俺の登場を疑問に思った教諭の視線に答えるため十代の事をチクる形になり、話は冒頭へと繋がると言う訳である。
要するにクロノス教諭は十代から大好きな実技デュエルを奪い、俺の仕事を手伝わせているのだ。
「っしゃ!終わったー!」
「お疲れ様」
「おう!もお疲れ!」
年季の入った木製の椅子からおもむろに立ち上がると、彼の嬉しそうな声と腕を大きく伸ばす音が聞こえた。
大人は理不尽だと、何度も呟いていた彼だったが、思いのほか頑張りやらしかった。
しかしその動機が不純であることを俺は知っていたので何とも言えない気持ちになる。
「よーし、これで実技に戻っていいんだよな!」
嬉々として顔を綻ばせ、冷たい水の中に雑巾を入れて、少し赤くなった掌で雑巾を絞る十代。
始めたときとは比べ物にならないほどの速さでテキパキと絞り、バケツを持ち上げて俺の方を期待した視線で見てきた。
ので、俺も笑顔でこう切り返すことにした。
「何言ってるんだ。まだだぞ、十代」
その瞬間の十代の驚いた顔と言ったら。写真に収めておきたかったぐらい面白い。
あまり人を弄るのは上手くないし、そもそも得意ではないが、こういう単純な子はすぐ引っかかってくれる。
緩む口元を押さえられないままで俺はもう一声発して十代に追い打ちをかけた。
「雪かきだ」
「えぇ〜…デュエル出来ないじゃんかよ〜…」
俺は立ち上がり、雪かきのために準備しておいた赤い雪かき用のスコップを2つ取り出した。
がっくりと項垂れる彼は、本当にデュエルが好きなのだと思う。三食デュエルでも生きていけそうな男だ。
デュエリストでない俺には到底理解できないレベルの世界の片鱗を垣間見た気がした。
再度乗り気でなくなった十代を半ば押しやるように、2人でレッド寮の外へ出る。
「うっ、さみぃー」
雪こそ降っていないものの、曇っていて日差しもない屋外は、先程までいた室内より当然ながら寒い。
俺はマフラーを巻いて手袋をして、完全装備だからまだ十代よりマシに感じられる。
しかしそういうものを何も身につけず、レッド寮のあの赤い制服だけ着ている彼はいささか寒そうだった。
腕を組んで身体を軽く揺すっている彼に、俺は身に着けていた手袋を外した。
「十代。これつけときな」
先程まで水拭き掃除をしてくれていた十代に、優しさの半分ぐらいを与えるつもりで目の前に突き出す。
合成繊維でできた黒いそれを渡したことで俺の両手を覆うものが無くなって寒い。
しかし目の前の少年の手は指先のほうにかけて赤く悴んでいて、俺の手とは比べようもないほど冷えているように見えた。
「サンキュー」
十代は嬉しそうに言ってそれを受け取り、何度か手袋をさすさす撫でて、躊躇いもなく両手にはめた。
朝の数分だけしか出なかった太陽は、今現在周囲を照らすに至っていない。
それでも上昇する気温は雪の表面を溶かすには十分で、ほとんど氷に近い状態で地面の上に横たわっていた。
「なぁ」
「なんだ?」
「俺の部屋も掃除してくれない?」
「しません」
「えーっ!ケチ!」
「ケチで結構だよ。それぐらい自分でやんなさい」
十代の不満を適当に諫めながら俺はせっせと腕を動かす。
そんな様子を見た彼はわざとらしく、大きくため息をついて、ようやく雪の下にスコップを滑り込ませた。
「って時々オッサンみたいだよな」
貶すつもりで言ったのだろう、十代は意地の悪そうな笑みを浮かべながら俺に一言言った。
「…そうだな、」
「否定しないのかよ」
肯定のように呟いた一言に対して、十代は面白い言葉を聞いたと笑う。
だって本当の事だからね、なんて到底言えるわけもなく、俺はただ苦笑いを零すしかなかった。
(そんなこと言ってる暇があったら、手を動かしなさい)
(十代の嫌そうな声に対して、クロノス教諭の名前を連想させるようにちらつかせれば多少動きが良くなった)