今日はアカデミア全校生徒が待ちに待った木曜日。
昼食後、デュエルの実技が2コマ分も充てられている特別な時間割である。
実技授業の一環だそうだが、そんなのは建前で実際は自由時間と言っても過言ではない。
アカデミアの生徒達は好きな人と組み、その時間内なら好きなだけデュエルができる。
しかもソリッドビジョンが適応される体育館のようなデュエル場に至っては生徒がひしめき合っている。
威勢の良い、デュエルを開始する掛け声があちこちで上がっている様子は、毎週木曜日午後の恒例という訳だ。

常識を包括した例外


しかしそんな"当たり前"に捕われない例外が居ることを、俺は今日初めて目撃する。
午前中の書類の片づけを終えて、午後からイエロー寮の清掃をしようと荷物を持って歩いていたその日。

「イエロー寮の清掃なんだって?」

どこから聞きつけたのか、そう言って、着実に歩を進める俺の背後を歩くのは遊城十代ご本人。
今年入学した1年にも関わらず、現在授業をほっぽって俺の後をついてきている勇者様だ。
コイツは将来大物になると確信しているのだが、今はその次元の問題の事を語りたいのではない。
デュエルバカの十代(翔が言っていた)が、デュエル実技をしないのは何があってもあり得ない。
天変地異の前触れになりうるその事態を俺は危惧しているのである。俺は質問に質問で返すことにした。

「…実技の授業は?」
「ああ、昨日デュエルしたヤツとまたデュエルするって約束しててさ!そいつ、イエローのやつなんだ」

目的地の方向が一緒なんだから、も一緒に行くことになるだろ?と彼は当然のことのように締めくくった。
つっこむ気力も失せた。これにより俺は、翔の発言が的を得ていたことを確認するだけに終わるのである。
ふと思うのだが、彼はかの社長と、少し似ている気質がある。話を聞かない所とか、会話がかみ合わないところだとか。
まあ今回に限った事でないし、某有名企業の社長さんのお陰で有難迷惑なことにこのテの反応には耐性ができている。
全くよろしくない傾向だ。一つため息をつきながら、十代の発言に適当にそうかと答えれば、彼はまた口を開く。

はさ。俺とそいつ、どっちが勝ったと思う?」
「え〜…そうだなあ…」

十代から飛び出したのは予想だにしない問いかけ。俺はおもむろに、左手に持つ、角スポンジの入ったバケツを握りなおす。
頭に腕を交差させながら俺の後ろを歩いていた十代はいつの間にか俺を追い越して、今度は右隣にやってくる。
ちらりと目に入ったのは左腕についたデュエルディスクという物。カードの束が収まっている。
実技の時間だから当然だが、腕に付けたまま俺に付いてくる理由が不明瞭だ。デュエルなら普通に実技場でやればいいはずだ。
不思議に思いつつ、いつも以上に落ち着きの無い彼の顔まで視線を戻し、質問に相応しい答えを探す。
期待のこもった視線に俺は意地悪に返してみることにした。

「うーん、イエローの子かな?」
「ブブー!正解は俺でした〜」

俺の前に人差し指を突き出して、ちっちっと左右に振る仕草をされた。俺は短く生返事を返した。
十代がデュエルで強い噂はアカデミア内では有名だ。デュエルをしない俺でさえ耳につくほど名も顔も知れている。
一番下とされて良い印象がないレッド寮の期待のエースだけあってその実力は本物なのだろう。
それでもこの学園はデュエルの実力で寮の色を分けられている実績があるのも事実である。
しかも典型的な不真面目くん。よく言えば天才型とでも言うべきか。彼は先生に嫌われるタイプだろうなとぼんやり思った。
反応の薄い俺をいぶかしんだ十代は少し不満そうな口調で言いながらも、笑った。

「なんだよ。信じてないな。本当に俺が勝ったんだぞ」
「うーん、…まぁ、信じてほしいなら、もう少し真面目に授業に出るべきだろうね…」
「今は実技の時間だからいーの」

遠まわしに厭味を垂らしても十代は媚を売ることなくきっぱり言い放つ。此処までくると俺の手ではどうしようもない。
実技担当の、最高責任者であるクロノス先生の顔が浮かんで、心の中で謝罪をしておくことにする。俺には無理だ。
針葉樹の隙間、姿をあらわしたコテージ風のイエロー寮を目にした俺は、今一度手に持ったバケツを意識した。

「な、それよりさ―――」
「おーい、十代くん!」

口を開きかけた十代の声に被せるように、誰かが大きな声で彼の名前を呼ぶ。
何処から聞こえたのか分からなくて俺が立ち止まると、十代はすでに振り返っていた。
俺もそれに倣えば、走ってくる黄色の制服を着た男が、俺達が今し方通った道から此方に走り寄ってきているのが見えた。

「おっ、来た来た!三沢ー!」

負けじと大声で十代もその男の名を指すであろう単語を発し、大きく左手を振った。
5秒ほどの間があってから、彼は俺達のすぐそばまでやって来て立ち止まる。

「まったく、何処に行ったのかと思えば…」
「悪い悪い」

悪気も無さそうに謝る十代と、どこか呆れた様子で笑う青年との、テンポの良いやり取りを見つめる。
十代より少し背が高い、けれど俺よりも低い位置にあるその顔は見覚えが無い。
相手側は俺の不躾な視線に気がつき、少し茶色がかった黒い瞳がこちらを見抜いていた。

「あなたは?」

オールバックの黒髪と顔に浮かべた笑顔が好印象だ。俺の無粋な笑顔とは全く違う毒気のない表情。
ざあっと秋風が吹いて、俺の手の軽いバケツと、視界の向こうに見える木々が大きく揺らめく。
ややあって俺が自分の名前を彼に告げるために口を開いた。

だ。でいいよ。えーと、君の名前は…」
「はい。俺は三沢大地といいます。見ての通りラーイエローの1年です」

そう言うと三沢はピシッと背筋を伸ばして礼をした。俺も慌てて、上半身を軽く倒す。
まだノリのきいている黄色い制服には皺ひとつないし、十代とは正反対の、秀才型の典型だなあと頭の片隅で思った。
礼儀正しい彼のやりとりの後に十代が三沢の肩に腕を回して、同い年とは思えない言葉を紡ぐ。

「で、俺が1番で、三沢が2番なんだよな!」
「俺は筆記試験では1番だよ、十代くん」

ちょっと失礼すぎやしないかとはらはらして見ていたら、三沢は気にも留めていない様子で切り返した。
さぞかしデュエルも強いんだろうなあと思う。十代をコテンパンにする図が迷いなく浮かぶ。
十代はこの彼、三沢に勝ったと言っていたがそれは本当のことであろうかと思わざるを得ない。
凄いね、と称賛の言葉をかければ彼は照れくさそうに、ありがとうございますと言った。

さん、あなたもデュエルを?」
「いやいや、俺はやらないよ。デッキもないし」
「そうですか…」

残念そうに引きさがった三沢に、彼も既に例外なくアカデミアの影響を受けていると感じた。
そう、アカデミアの生徒はデュエルを申し込むのが好きだ。ブルー寮の子達だって初めの時はそうだった。
このやり取りも慣れたもので、大抵の生徒にデッキがないと言えば引きさがってくれる。
肩を組むのを止めて離れ、沈黙を続けていた十代が、タイミング良く声を上げる。

「それより三沢!はやくデュエルしよーぜっ」

さながらしびれを切らしたとでもいうか、待ちくたびれたと言わんばかりにディスクを構える十代。
その様子を見た俺と三沢は顔を合わせて苦笑い。この時ばかりは、初対面の彼の心中を察することができた気がした。
俺が軽く肩をすくめると、三沢は一度眼を閉じて、十代の方を向いてこう言った。
その時の彼の顔は、俺と先程会話していた時の顔つきとはまったく異なるもののように見えた。

「ふ、そうだったな。では始めるとしようか」

威勢の良い、デュエルを始める時の掛け声と一緒に、彼らのデュエルディスクの起動音が、周辺に響く。
冬間近独特の冷たい空気を含んだ風はいつの間にか止んでいた。

(この学園の誰も彼もがデュエル馬鹿という事実の片鱗を垣間見る)
(ソリッドビジョンや楽しそうな2人の声につられてデュエルを眺めて、清掃作業が進まなかったのは言うまでもない)