俺が保健室から自分の部屋に戻ることを鮎川先生から許可されたのは、意識が戻ってから1週間たってからのこと。
1週間もの間昏睡状態に陥った人がいる。狭いデュエルアカデミア内部で、そんな色めきたった話は瞬く間に広まるわけで。
十代達が騒いだその理由がなんとなく分かったと同時に、俺は今まで以上に生徒達の視線を受けることになった。
噂話の余波を見る
鮎川先生に手伝ってもらって、生徒や教師などから貰った様々な品をまとめた大きなボストンバッグ。
俺は現在それを左手に持ちながら、誰も居ないアカデミア本校の前の道を横切っている。
なぜ誰も居ないのかと言えば海面ギリギリに顔を出す、朝を告げる太陽がその最たる理由だ。
保健室に寄せられる好奇の視線をかいくぐるために、鮎川先生が配慮してくれたのだ。
注目される事自体は構わないのだが、さすがに居たたまれない気持ちにもなる。
「(それにしても重い)」
名前が書かれたカードや手紙が入っているものもあって、後から何か返さなければいけないと思った。
金銭的余裕は正直言ってないが、名前が分かる人だけでも、純粋に何らかの形で感謝を伝えたいと考えていた。
トメさんに相談して、何かお返しの品を取り寄せてもらおう。できれば安くて数が多いのが良いだろう。
「!」
名前を呼ばれて思考を切り上げると、人影が視界に飛び込んできた。
俺に声をかけたのは亮だった。彼が駆け足で此方に向かっているので、俺は一端立ち止まる。
特待生の彼はどうやら早起きらしく、青と白の制服をきっちりと身に着けていた。
「亮じゃないか。早いね」
「…ああ、いつもこの時間はアカデミア内を散策している」
「そうだったのか」
結構な早さで来たのに俺の疑問に返答する彼の声はいつもと変わらない。
若いって良いなあと思って、俺もまだ若いじゃないかと1人頭の中で自身につっこむ。
そんなことを知らない亮は何度か瞬きをして、それから何も言わなくなった俺に対して口を開いた。
「そろそろ退院するという噂は聞いていた。…もう大丈夫なのか」
本気で心配しているのだろうか、声色が先程よりも固い。眉間に寄った皺が気になる。
俺の想像していた以上に、噂が広まるのが早いのにも驚いた。どうなっているんだこの学園の情報網は。
若者たちのネットワークというものは思ったより伝達が速いようだ。
今後、情報は生徒に聞いた方が良いかもしれないと心境を新たにして、俺は当たり障りなく切り返した。
「もうこの通りさ。元気だよ」
「そうか…良かったな」
「ああ、ありがとう」
先程より柔らかくなった表情だ。あまり彼は感情の起伏が大きくはないが、それでもちゃんと感情を示している。
一方噂では、あまり彼は表情を変えないと言われているのを思い出した。
良く言えば冷静沈着で、周囲に流されない。悪く言えば無表情で、無粋、仏頂面。何を考えているのか分からない。
それらが、カイザーと呼ばれる丸藤亮に対するアカデミアの子達の感想だった。
しかし、そこがカッコいいのだという女の子も多くいるのも事実ではある。
「」
「ん?どうした、亮」
初めて会った少年の時より、ずいぶん低くなった声が俺の名前を呼ぶ。先程のような表情は無かった。
同じぐらいの身長で同じ目線で、彼を見つめ返す。深い藍色の双眸とかち合う。
軽く彼が瞬きするのと同時に、動き出したのは亮の右腕。
「俺が持とう」
亮がそう言った瞬間、俺の左手に握られていた黒いボストンバッグが引っ張られる。
一瞬あって、その重みが一気に無くなるのを感じると、目の前の青年の右手には黒いボストンバッグがあった。
(直後手ぶらになった俺は、亮にボストンバッグの取っ手を二つに分けて持つことを提案した)
(彼は俺とその荷物を教員宿舎の近くまで送り届けてくれた)