自分が何者なのか、時々分からなくなる。自分が異常であることは、自身が良く理解しているつもりだ。
でもそれだけでは自分を納得させる材料にならないことも、同時に感じていた。
己とは他人があって成り立つ、とはよく言ったものである。俺も例外なく、その一員であるのだ。

懐中電灯のライト


先程落としてしまった明日香の懐中電灯は寿命が来ていたらしく、拾い上げてももう点かなくなってしまっていた。
明日香が寮に帰るのに支障が出てはいけないと思い、俺は今持参していたほうを渡しているというわけである。
両手が自由になった反面、手元が寂しくなった俺は腰のポケットに入れたPDAを軽く触った。

「ま、早めに帰って寝よう。明日香ちゃんは先に帰ってな。俺はもう少し巡回してから帰るよ」
「ええわかったわ。…おやすみなさい」

素直に去っていく彼女の懐中電灯の明かりを見送ってから、俺は振り返って先に見える廃墟を見つめた。
辺りが暗闇に包まれる前にPDAを取り出して、懐中電灯代わりに周囲を照らす。

明日香の話では、十代達がこの廃墟の中に入ってしまったのだということだった。
この廃寮が危ないというのを明日香は知っていた。それで十代達を咎めたが、聞く耳を持ってくれなかったらしい。
呆れて戻ってきた所、俺と遭遇したというわけである。
入ってはいけないと言われれば言われるほど入りたくなるのがあの少年の性に違いないと、変に確信めいたものがあった。
だから俺も廃寮に入ってしまったであろう彼らを連れ戻すべきだと考えるに至ったわけである。

「(…俺も帰りたいなぁ)」

地面に根を張ったように重い足を持ち上げて、一歩一歩廃墟へ続く土の道を踏みしめる。
まだ季節的には秋なのに風はひんやりと冷たくて、半袖から出ている肌の部分から温度が失われていく感覚に陥る。
じょじょに近づいてくる廃墟を前にペースが落ちるが、PDAの頼りない光に何とか足元を照らし歩く。

「きゃあああ!」
「ひっ!?」

突如聞こえた声が空気を劈き、俺の心臓の心拍数を押し上げる。喉から零れたのは引き攣ったような情けない自身の声。
その割に思考回路はフル回転しだして、状況の判断を急かすように考えが幾重にも巡る。

「(なっ、何だ…?今の悲鳴…まさか)」

嫌な予感がして、俺は悲鳴の聞こえた方向、廃墟とは逆の向きへと走り出す。
PDAの明かりと数刻前の記憶を頼りに進んだ先の茂みに、ぼんやり光が映っている。
葉の生い茂る低木の中の光の正体を掴むべく、PDAでその光源を辿った。
じっとりと掌にかいた汗でPDAが掌から滑り落ちそうになる。力を入れて握りしめ、さらに茂みに近づいて覗きこむ。

「(懐中…電灯じゃないか…)」

見知ったものであると分かり手にとって見てみると、まだ人肌が残っていて温かかい。
しかもよくよく観察すれば、それは先ほど明日香に渡したはずの自分自身の懐中電灯だったのだ。
聞こえた悲鳴、茂みに落ちていたまだ温かい懐中電灯。最悪の事態が脳裏をよぎる。
警報を鳴らすように止まらない血液の循環音と心臓の脈打つ音。それでもどこかで否定したい自分に捕われる。

一瞬の静寂の後、自身の後ろに砂を踏む小さい音が誇張されて耳に入る。
振り向いて音の原因を確認する間もなく背中に強い衝撃を感じて、気がつけば俺は目を閉じていた。

(最悪の状況の中俺が真っ先に考えたのは、労災が出るか出ないかという妙に現実的なことだった)
(結果論から言えばこの出来事が俺の人生を170度ほど傾けることになるのである)