十代とのわだかまりも溶けて、購買が忙しかったお昼が終わった頃にトメさんとセイコさんが帰ってきて。
店番ありがとうとトメさんにこっそり渡されたパンは売れ残りのドローパン。
後で食べてみれば何にも入っていない普通のパンで、お世辞にもおいしいとは言えなかった。(亮はあれが好きらしい)
午後になって書類の仕事も片付けて、帰宅した時にはもうヘロヘロだった。
8日間連続で働き続けて疲れた体はベッドに埋まるとすぐに夢の世界へと旅立った。
馴染まない携帯電話
プルルルル
普段使わない携帯から音が鳴っている。
初期設定から一度も変えていない着信音は静まりかえった部屋の空気を揺らすには十分だった。
ベッドサイドテーブルの上で存在を主張する光が、薄暗い部屋の闇の中、仰向けで寝る俺の瞼に突き刺さる。
窓にうつる景色はまだ夜だった。視界は混濁としたままなのに、覚醒する意識と相まって音は鳴り止まない。
眩しさに慣れた身体を起こして腕を伸ばして、四角い金属を持ち上げる。こころなしか重たい。
「…はい」
スライド式の携帯は手に馴染まない。
それでもこれを購入した理由は、こうして画面をスライドするだけで電話に出られるという事を友人から教わったから。
しかしそのおかげで、俺は今携帯のディスプレイを確認せずに電話に出てしまったのだ。
『俺だ』
ひんやりとした画面を頬に当てると声が聞こえた。
低音のそれは鼓膜を揺らし、動いていない脳に伝わって反射的に返事を返した。
「…誰ですか?」
『俺は構わんぞ?お前が職を手放すことになろうと』
「海馬先輩…止めてくださいよ、楽しそうに言うのは…」
『ふん』
朝からなんとも心臓に悪いやり取りにため息を漏らしそうになって、飲み込む。
俺は大の字に伸ばしたままの足を動かしてベッドから立ち上がり、サイドテーブルのランプを点けた。
「…それで?ただの世間話じゃないんでしょう、社長さん」
電気が回るのに少し間があって、ぼんやりとしたオレンジ色の柔らかい光が広がる。
睡眠を邪魔されたという意識も相まって、少し非難の意を込めて彼の役職名を最後に付け加えるのも忘れない。
『』
すると真面目腐った声で言われるもんだから、一瞬言葉に詰まる。
タイマーで切れてしまったエアコンのライトが、彷徨わせた視界の隅でちかちか光っていた。
「…何、でしょうか」
掌にじっとりと滲んだ熱が携帯に移動したようで、それが頬、顔全体に広がるのを感じる。
嫌な予感がして続きを促せば、彼は至極当然のようにこう言い放ったのだ。
『頼みがある』
(思わず飲み込んだ唾を嚥下する音は、相手に聞こえたに違いない)
(自分の音に気を取られていたから、いつもの高圧的な態度と違う事に気がつけなかった)