購買にやってきたのは、赤いジャケットを着た青年だけではなかった。
亮の弟、つまり俺の従兄弟にあたる丸藤翔もやってきたのである。
そこでようやく、彼の名前を聞くことによって記憶の糸を紐解くに至ったという訳だ。
チャイムが鳴り響く廊下を
午前八時四十五分。
全校生徒200人ほどのこの学校、ほとんどの生徒は寮での朝食を済ませている時間帯。
普通ならそれで事足りるが、それでも足りないのが育ち盛りの男子生徒達だ。
そのためにある購買にはちらほらと人が来ていた。
「君があの、ユーキくんだったのか!」
そんな中、今俺の目の前で丸い座イスに座り、むっすりと、不機嫌な様子で不貞腐れる青年。
彼こそが6年前の不思議体験の時に出会っていた、あのちびっこだったというのだ。
あんな強烈な体験を忘れられるほど俺の脳味噌はダメになっていない。
驚いて当時名前として認識していた彼の名字を呼んでしまったところ、十代は声を荒げて否定した。
「だぁから、それは名字なの!十代だってば!」
「ごめんごめん、あの時は年齢の事だと思ってたんだよ…」
本心を告げても怒り心頭の彼は、俺に一度向けた顔をまたそらして機嫌の悪さを示した。
ここまで目に見えて怒られてしまうのは初めてで、申し訳なさよりも面白いという感情が俺の心の中に芽を出す。
困ったなぁと、菓子パンを1つ持った翔に視線で助け舟を出してみれば、翔は肩をすくめてこう言う。
「兄さんは昔からおっちょこちょいっすからね〜」
「翔…それは言わないでくれよ…」
自分より年下の従兄弟に言われてしまって、それが正論なものだから言い返す事も出来なかった。
恥ずかしいながら俺は勘違いが多く、そのことで散々被害を被っている。
昔、亮にしてやられたことがあって…いや、やっぱり自分の名誉のために思い出さないでおくことにする。
「じゃ、これ買うっす」
「はいよ」
翔の会計を済ませるために手を動かしていると、横から十代の視線を感じた。
その様子がちらりと入ってそちらを見やれば、十代は視線を、わざとらしくふいとそらす。
俺と翔はそんな十代の様子に、顔を見合わせて苦笑い。
「じゃ、そろそろ行くっす。ほら、アニキも早く行かないと授業に遅れちゃうよ」
会計を終えた翔が十代を急かした。どことなく不満そうな表情のまま、無言で十代は立ち上がる。
翔は振り向きざまに手を振り、十代は振り返ることはなかった。
これはこれで面白いが、このまま怒らせたままなのも大人げないなと思って、俺は彼の名前を呼んだ。
「十代!」
ぴたりと止まって振り返った十代に、カウンターの隅に隠してあったドローパンの籠から一つとって投げつけてやる。
見事にキャッチした彼がそのパッケージを見て、ようやくその顔を俺の方に向けた。
「お詫びだよ。…ほれ、行った行った!」
俺はその時の十代の笑顔に釣られて、苦笑いでもない愛想笑いでもない表情になった。
その数秒後、鳴り響いたチャイムに翔と十代の顔は面白いぐらい真っ青になったのを俺は暫く忘れられそうにない。
(後に聞いた話では、十代に投げつけたドローパンは卵パンで、超がつくレアなパンだったという)
(彼の隣にヤツが居ないと言う疑問は不思議なほどに抜け落ちていた)