俺とユーキは公園の片隅に小さく鎮座していた、背の低い、プラスチックのような安っぽいパイプのベンチに腰かけていた。
彼はいろんな種類のカードを持っていた。M&Wという、今流行りのカードゲームらしい。
そういうものの存在こそ知っていたが、今までゲーム売り場と無縁の生活を送ってきたので、現物を見るのは初めてだった。

映る世界に定義はない


可愛いキャラクターからカッコいいデザインのドラゴンまで様々。
ルールが分からない俺も、これだけ豊富な種類があると目移りもする。
すごいなと感嘆の意を示せば、ユーキはさらに嬉しそうに声を張り上げた。

「で、これがおれのまいふぇーばりーとかーど!」

次のカードは、彼の最も好きな1枚のようだ。カタコトな英語でそう言うユーキは自慢げだ。
ぺた、と彼の小さい手がベンチの上に一枚カードを置く。
そこには、白と青の髪の毛の、不思議な衣装を身に纏うモンスターが四角い枠の中にいた。

「ユベル?」
「そう!おれのしんゆうなんだ!」
「へぇ…」

俺が書かれた名前を読み上げると、彼はご丁寧に紹介をしてくれた。
どうやら親友のように大切にしているカードのようで、こころなしか輝いているようにも見えた。
太陽に反射して、カードのラメがキラキラと輝いて、その光が立ち上って、形を形成して。

「…ん?なんか、光ってる、」

そんなカードの異変に気がついて、俺が瞬きをした次の瞬間に、それはすでに起こっていた。
目の前に座る十代の隣に、蝙蝠のような羽の生えた、白と青の髪の毛の、不思議な衣装を身にまとったヤツが。

「な、ゆべる!」
『ああ、もちろんさ』

つまるところ、カードに書かれていた二次元が、その見た目そのままに三次元化されたとも表現できる。
ユベルと呼ばれたその得体のしれないヤツ(男なのか女なのか性別不明だ)は宙に浮いていて、普通に喋った。
ユーキもユーキでそれが当然であるかのように、だよなーと相槌を打った。

「……!」

開いた口が塞がらないとは、まさにこのことである。
目の前の現状が理解できない。いや、理解できるやつが何処に居る。俺の目に映るこの状況はどう説明すればいい。

「どした、?」

あり得ない現実を前に黙り込んでしまった俺を見つめる視線は、ユーキのものだけではない。
脳が警笛を鳴らす。それが危険だと知らせるものなのか、はたまた現実逃避を拒むものなのか。
それ以前に俺は生憎一般人だったから、その警笛の意味さえ知ることは叶わなかった。

『…僕が見えているんだろ、

普通笑うという行為は、相手に安堵感を与えたり、敵対心を無くすためにするものであったはずである。
しかし目の前のヤツはそういう概念にあてはめることはできなかった。
楽しそうに喉をころころと鳴らし、わらって、俺を見てくるユベルから目をそらせない。

「え!ゆべるがみえるの!?」

ユーキの強い期待の籠もった眼差しが俺を射ぬく。
それを横に感じていると、ユベルは一瞬の瞬きの間に、俺との距離をゼロにした。
ヤツの、血の色がうかがえない肌や、深い黒の羽に、あれだけ眩しかった日差しが遮られて、俺の前に影を落とす。

「……っ!?」
『今日会うのは初めてってことで、色々大目に見てあげるけど…』

ユベルの長い爪が、俺の顎をひっかくようにゆっくりと伝う。
整いすぎた顔が近くにあることは、恐怖を助長させるモノになる事をたった今経験する。
俺は引き攣る喉から悲鳴を出す事も出来なかった。暑さの所為で出た汗が、額を伝って睫毛の上に落ちたのを感じた。

『十代に嘘をついたら…ころすよ』

耳元で、低く、断定的に囁かれた最後の4文字は、確実に俺の縮こまった心と柔らかな精神にダメージを与える。
コイツの言葉は本物だと確信するには十分すぎるほど、目が笑っていないのだ、目が。
目の前で不思議そうに俺とユベルのやりとり(彼の位置からはユベルの背しか見えない)を見るユーキは、俺の言葉を待っていた。

「…ハイ、俺にはユベルサンが見えマス」

背筋を何か嫌に冷たいモノが通り過ぎるのを感じながら、俺は正直に物申した。
俺の発言に満足したのか、ユベルはするりと浮かび上がってユーキの傍に舞い戻った。
反応したのはユベルだけじゃない。ユーキはユベルが描かれたカードを握りしめて、満面の笑みを披露した。

「うわぁ!ほんと!?おれ、すっげーうれしい!な、ゆべる!」
『うん。僕も嬉しいよ。はじめまして、

綺麗に笑いあうユベルとユーキ。
両者にある決定的な違いをこの数分間で察知した俺は、複雑な心境のまま笑顔になるしかなかった。

「ははは…うん。ハジメマシテ、ユベルサン」

あの時の俺の表情を鏡に映して見たとしたら、笑えていないのは当然だった。

(これが俺と十代とユベルの始まりであり、同時に、)
(デュエルのデッキを持っていなかった事がこの邂逅に繋がったとは知る由もなく)