船にゆられること1時間弱。
到着した小さな港にはヘリコプターなども多く着陸しており、そこは赤と青と黄色でごった返していた。
おかげさまで、この俺の普遍的な黒いスーツは浮足立ってしまっているというわけである。
間違いと勘違い
俺は今、ここアカデミアの生徒達の波から少し外れたところで大量の荷物に囲まれている。
ただでさえ自身が異色を放っていることは承知していたが、ある1人の少年が驚き、固まっている様子が群衆の隙間に見えた。
茶色の髪に、大きめの瞳。赤い制服を自然に着こなす、一見どこにでもいそうな男の子だ。
好奇の視線の類ではない気がして観察すれば、その顔の向きと目線からして確実に俺を見ていた。
「(…気のせい、じゃないよな)」
俺が少年を見つめ返したところ、少年はあっ、と何かを思い出したように口を開いた。
しかし言葉が紡がれる前に、背の小さな眼鏡の少年に話しかけられてその口を閉じてしまう。
「シニョールがなの〜ネ?」
なんだったのかな、と思った矢先、俺の方にも話しかけてくる人物が現れた。
身体ごとそちらに向け、そこに居たのは金色の髪に特徴のある顔立ちの、見覚えのない男だった。
「ええ、そうです…あなたは、この学園の?」
「そうなの〜ネ。私はクロノス・ド・メディチ。オベリスクブルー男子寮長であり、実技担当最高責任者デス〜ノ」
教師という響きは、前の俺の夢にも似て素敵な響きを齎した。
すごいですね、と傍から聞けばお世辞ともとれる俺の言葉に嫌な顔することなく、喜んでいた。
純粋な人なのかなと頭の片隅でぼんやり思いながら、彼の後について学園の簡単な案内を受ける。
「ここがデュエルアカデミアの中心になるの〜ネ」
アカデミアの中心の大きい建物は、授業を行う講義室やデュエル場、職員室や事務室があるとのこと。
この建物を背に、左手の道にオベリスクブルー寮、右手の道にラーイエロー寮とオシリスレッド寮があるらしい。
ここが自分の本拠地になるのかと期待に胸を膨らませる。
「それじゃ、私は生徒達の指導に向かうの〜ネ。シニョールは、自由に散策していて良いの〜ネ」
仕事は終わったと言わんばかりの速さで、クロノス先生は去っていってしまった。
俺はあっという間のことに驚いて、呼びとめることすらできなかった。
「…困ったな」
散策してもよいと言われても、俺はデュエルアカデミアから港までの道と、3つの寮への道しか知らない。
加えてこの荷物は、重たくはないが軽くもない。早い所、教員宿舎に寄りたいのが本音である。
どうしたものかと周囲を見渡していると、後ろから車のクラクションを鳴らす音がした。
「どうしたんだい?」
「あー…ちょっと、宿舎の場所がわからなくて…」
「あら、名前はなんていうの?」
「あ、はい、です」
「くんね。私はトメ。トメさんって呼んでちょうだい」
人のよい笑顔と口調で、困り果てていた俺を救出してくれたのはトメさんという購買部のおばさんだった。
話しやすい。それが俺のトメさんに対する第一印象であった。
俺の大荷物を見て、乗っていきなさい、とヒッチハイクのように親指立てて、お茶目にウインクまでして見せた。
トラックの荷台がトメさんの荷物と自分の荷物でいっぱいになって、俺は助手席にお邪魔させてもらった。
「ありがとうございます」
「いいのよ、くん。その様子じゃ、ココは初めてみたいな様子だったからねえ」
「…おっしゃる通りです」
こんなおばちゃんでも、イケメンのナンパに成功した気分になれて嬉しいわ。
冗談めかして上機嫌に言うトメさんの横顔を見ながら、俺は思わず苦笑いせざるを得なかった。
俺本当は三十路なんですけどね、と喉まで出かかった言葉を飲み込むのは容易ではなかったのだ。
(こうして俺はこの短時間の間に、精神的年齢が比較的近く感じられるトメさんに癒しを見出すのである)
(トメさんが下ろしてくれたのはオベリスクブルー寮であって、俺がそれに気がつくのは2時間後のことである)