特別になりたくない。


上手なフラグの立て方 12


シャイニング早乙女の居る学園長室まで林檎先生に引きずられるような気持ちで連行された俺は、コンコンと木製の扉をノックしながら現実逃避に励んでいた。

「失礼します」

やる気がないのが声のトーンに滲まないようにするので必死だ。もはやあのおっさんの前ではなにも考えたくない。無だ。怒りとか悲しみとか理不尽な気持ちを通り越して無の感情で接していたい。

「ンン!ユーは学年主席だな?主席入学の名を名乗れェ」
「…です」
「グゥレェイトォ!カアァムイィーンッ!」

なぜか謎の問いかけが扉の先から聞こえてきて、困惑しつつも答える。返答に満足したのか巻き舌全開のシャイニングの声がした。扉の先からにしてはやけに声が通る。何か設備でもあるんだろうかとぼんやり思った。

「ふふ、許可が出たわよ。入りましょう」
「…はぁ」

林檎先生に促されて扉を開けると、なぜかソファの背もたれの上に仁王立ちでシャイニング早乙女が立ちはだかっているのが見えた。全力でこの扉を閉め、立ち去ってやりたい衝動に駆られたのは言うまでもない。

「よく来ましたネ、Ms.!」
「あ、はい」

身体のパーツすべてを使ったシャイニングの全身全霊の歓迎を受けるが、心の底からなにも考えないようにしているので特に感想が生まれるわけもなく。ツッコミは今の俺にはする気さえ浮かばない。もう女装して一般の道路を歩いたり痴漢されたりするような濃い1日を過ごしたのだ、お陰で相当メンタルが鍛えられた。もう何が来ても驚かない。

「むむぅ…なかなかクールな反応デース。超コールド対応デース。凍えてしまいマース」

暖かい陽気が降り注ぐ部屋の中でシャイニーは凍えたような素振りをする。それにクスクスと笑いを返したのは、俺の後ろで控える林檎先生だった。

「シャイニー、それを言うなら塩対応じゃないかしらん?」
「Oh!そうデース!ソルティー対応!うっかりうっかりィ」

林檎先生とシャイニングが笑い声を上げている。それとは別に、HAHAHA、なんてアメリカのバラエティにありそうな効果音まで聞こえてくる。まさか幻聴でも聞こえたのかと脳裏をよぎったが、この部屋ならそういう音響システムがあってもおかしくない。冷静にそう分析して、それからこの部屋にわざわざ呼ばれた理由について聞くことにした。

「…あの、それで"学年主席"ってもしかしなくても俺を呼ぶための口実だったりします?」

笑い合っていた二人がはっとした。まるで俺が言うまでそのことを忘れていたような雰囲気を出している気がする。わざとなのか。

「ハッハッハ、ユーはダイレクトに聞いてきますネ!」

ビシ、と効果音と同時に指を指される。文字通り本当におっさんの振りにあわせて音が鳴るから酷くシュールだ。それから、声のトーンを少し下げて諭すように切り出してくる。

「Mr.の言う通り、学年主席は呼び出しを正当化する手段としても使う予定なのヨ!でもユーは学年主席なのデース。その名に相応しい才能がありマース!」

途中から俺は言葉の羅列を文字列に変換することに大変苦労することになった。他に呼び出しの手段はいくらでもあるだろうに、なぜ学年主席をチョイスしてしまったのかということ。そして、俺が学年主席である才能があるという世迷いごとをこのおっさんが言ってきたということだ。

「いや冗談でしょう、学年主席とか。今更ですけど、俺本当は筆記試験とか捨ててましたし」
「もう、本当ちゃんは謙虚よね。本当は入試試験の採点結果って見せないんだけど、ちゃんには特別に見せてあげるわね」
「え…」

早乙女学園は試験結果の公表のみで、模範解答は公開しない。なぜなら公開できる解答がほぼないために発表しないという方針だ。有名どころの予備校なんかは模範解答を出していたりするが、的中率は半分半分といったところで、採点基準なんかも全くのブラックボックスだ。だというのに、俺に過去の解答を見せてくる理由が不明でしかない。

「これがちゃんの解答用紙。あなたの目で確かめたほうがいいわよ」

さっと得点の欄に目を通せば、赤いペンで満点に近いような数字が埋まっていた。いや、どう考えてもおかしいのは言うまでもない。俺の名前が書いてあるにはあるが、俺の筆跡じゃない。こんな達筆で出すほど、回答を埋めていた時に余裕があるはずがないのだ。

「林檎先生、これ俺の解答用紙じゃありません」
「えぇ?ちゃんの解答用紙、これじゃないの?」
「たぶん、他の人が書いたやつだと思うんです。俺、こんな文字で書けませんし」

抗議の意を込めて伝えると、林檎先生は不思議そうに首を傾げて俺の差し出した回答用紙を手に取った。そしてなぜかそれを頭上に翳す。じっと目を凝らしてみているその様はまるで紙幣に入っている透かしを見ているようだ。そんなたかが回答用紙にそんな仕組みがあるのか。

「あら、でもここに透かし模様もでてるわ。ほら…ここに受験番号が書かれてるの」

まさか、そう思っていたら本当にその通りだった。もはや驚愕を超えて納得すらしてしまう。こんな無駄に広い金持ちの片鱗を思わせるような建物や入学生やらがいる早乙女学園ならやりかねないことを失念していた。

「不正はできないようになっているわけでェ、その解答用紙こそがユーのものなのデース!」

そう言われてもう俺はどこから抗議していいのかさえ分からなくなった。回答用紙が俺のもので書かれた筆跡がないのに俺のものとしてみなされたり。挙句にそのせいで実力と伴わない学年主席のレッテルを貼られたり。意味不明なことが一気に起きて、もう考えることを放棄するべきではないかと思わざるを得ない。

「それに女装もこんな短期間なのに磨きがかかって素晴らしいわ!まるで本物の女の子みたいよ。さすがちゃんね〜」

終いには林檎先生のこのあまりうれしくない褒め言葉によって、塵ほど残っていた自尊心というか、そういう類の何かが音を立てて崩れ落ちていくのを感じていた。

「あの…も…本当勘弁してください…」

なんでだろう。俺の望まない方向に進んでしまっている。どうしてこんなことになったんだ。俺は消え入りそうな声でそう呟くも、目の前で談笑し合う林檎先生とおっさんを見ていたら、俺の抗議の一言が聞こえていないことに気がつかされ、そして打ちひしがれるしかなかった。