特別になりたくない。


上手なフラグの立て方 11


side@来栖

が月宮先生の後を追いかけていくのを見送る。つい彼女を目で追いかけてしまう理由がたった今わかった気がする。横を通り過ぎた時にとても良い香りがしたのだ。ふわりと香った優しい香りに、つい先程の入学式前の出来事を思い出した。

那月がオレとを抱きしめた時、オレの胸にが飛び込んでくる体勢になった。その際、鼻先にふわりと髪の毛が触れた。まさにその香りが鼻孔を擽り、不意に頬に熱が集まるのを感じる。思い出して顔が赤くなるなんて、おかしい。

「おチビちゃん、抜け駆けはずるいな」

鳴り出した心臓が煩い。なんとか落ち着かせようとしていると、レンが声をかけてきた。

「は?」

なんのことか咄嗟にわからず、思わず聞き返す。するとレンにしては珍しく、少し迷ったように視線を揺らして、それからまっすぐにオレを見て聞いてきた。

「彼女と随分親しそうだったからね、知り合いなのかと思ったんだけど。違うのかい?」
「…?いや、とは今日初めて会ったけど」
「へぇ」

質問の意図がよくわからないが、彼女と会ったのは今日が初めてだ。前に会ったことがあるわけでもない。もし会っていたら、あんな可愛い子の顔を忘れるはずがない。レンは俺のそんな返答に、納得したのかしていないのかよくわからない反応をした。

「あ、俺も今日初めて会ったよ。でもいいじゃん!さっき聞いたけどレンもと同じクラスなんでしょ?」

音也がひょこっと、レンの後ろから顔を出した。口を尖らせてそういう音也は、羨ましそうにレンとオレを交互に見る。

「ふふ、まぁね」
「ズルいよ〜。俺もと同じクラスがよかった〜」

本音でそう言っている様子の音也に、少し自慢気な気持ちになる。Sクラスになれたのは当然だと思っていたけど、もしクラスが別になっていたらと話すチャンスが減っていたのは間違いない。そう思えばSクラスも悪くない。

「翔ちゃんもSクラスなんですね!すごいなあ〜」
「へへ、だろ?」
「それだけ実力があるということだ。素直に尊敬する」

那月や聖川にも嬉しい言葉をもらって、気分がいい。得意気になっていたから、その時レンがどういう表情で次の言葉を言ったのかわからなかった。

「まあ、と今日初めて会ったっていうならいいけどね」

そうレンが大きい独り言をつぶやいてきて、やけにトゲがある言い回しに先程まで上がっていた気分が台無しになる。

「それがなんだってんだよ」
「いいや?ただ、やけに彼女と仲が良いから、不思議に思ってね」
「…別に、普通だろ?」
「そうかな」

真面目な顔をして、やけに食い下がってくるレンを訝しく思う。なんだってそんなことを聞いて来るんだ。

「そろそろ、クラスに向かったほうがいいだろう。行くぞ一十木、四ノ宮」
「え、もうそんな時間?」

するとなぜか、突然聖川が声を上げた。驚いたように顔を上げる音也に、つられてオレは時計を見る。確かにそろそろ教室に向かったほうがいいのかもしれない。

「じゃあ翔ちゃんレンくん、また今度お話ししましょう!」
「ああ、またねシノミー」
「じゃ、お先に!」

那月の言葉にレンが答えて、音也が軽く手を上げてAクラスの方へと歩いて行った。それに続いて那月と聖川も立ち去る。それをなんとなしに見送って、レンと廊下に二人になる。他の生徒達はまだ残っているのもいるが、その殆どがレンを見ているのに気がついてしまった。

「オレたちも向かうか」 「ああ、オレは用事があるから先に行っててよ」
「そーかよ。じゃ、また後でな」

どうやらレンはここに残るらしい。ひらひらと手を振って去っていくレンを見送る。俺は心の中で少しだけ、どうせ女の子に関係した用事だろ、と思ってそのまま一人教室に向かおうと踵を返した。 それにしてもはどうしたんだろう。月宮先生に呼ばれている彼女のことを思いながら、これから始まる新しいクラスの様子に想いを馳せた。