特別になりたくない。


上手なフラグの立て方 9


『入学式が間もなく始まります。皆さんは席についてください』

アナウンスが流れて、来栖との会話が途切れる。賑やかだったホールはさらにざわざわしだした。まだ席を見つけられていない生徒が結構いるようだ。入学式がここですぐ始まるなんてことはないだろう。そう思って、俺は来栖に気になっていたことを尋ねる。

「あの、帽子脱がないんですか?」
「え?」
「一応入学式だし、脱いだ方がいいかと…」
「…あ、そ、そうだな」

戸惑ったように返事をして帽子を脱いだ来栖は、四ノ宮とは違う色味の金髪だった。帽子で分からなかったが、綺麗なグラデーションの金髪だ。彼は染めているんだろうかと勘ぐっていると、青く澄んだ瞳と視線がばちりと合う。逸らすタイミングを失ってしまったのだが、それは来栖も同じだったみたいで、数秒見つめ合った後、照れ臭そうに笑って声をかけてきてくれる。

「あ、あのさ。って何歳?」
「今は15です」
「マジ?俺と一緒だ」
「え、本当?」

まさか年齢が同じなんて知らなかった。いやまあ俺は一応"数えての"年齢だけど。アニメだと年齢の話が出てきていた記憶がない。もっとも春ちゃんのシーンばかり見ていたから、わからないのは当然といえば当然だが。

「嘘ついてどうすんだよ。タメだし、敬語とか使わなくていいから」
「そ、う?じゃあ、来栖も敬語なしでいいから」
「おう!」

来栖なりに気を遣ってくれているようだ。人当たりの良さが伺える。というか今気がついたが、来栖と嫌に目線が合う。およそ同じ高さにあるんじゃなかろうか。とすると、もしかして身長が同じかもしれない。俺は変な期待を込めて来栖に問う。

「来栖は身長いくつ?」
「………161」
「おぉ、それも一緒だ!」
「…マジかよ」

一瞬言い淀んだ来栖だったが、やはり身長は一緒だった。アニメだと身長が分からなかったが、実際に俺より来栖が高いんじゃないかと危惧したのは杞憂だったみたいだ。喜ぶ俺とは対照的に、来栖は驚きに目を見開いている。

「なんか親近感湧くな〜。ここ身長高い奴多いから、皆年上に見えちゃって」
「おい、お前なあ…女子なんだから俺の心境もちょっとは考えてくれよな」

勝手に舞い上がっていた俺は来栖の拗ねた口ぶりにはっとする。来栖は身長が小さいこともコンプレックスだったらしい。

「………あ、えーと、ごめん」

そもそも今俺は女装している。ものの見事に来栖も勘違いしているから、なんだか素で来栖と接していたような気がしてならない。まさか男とバレてしまったのではないだろうかと、俺はヒヤッとした。

「本当に謝る気ないだろ」

そんな風に意識が逸れたまま謝ったら、来栖はそれが納得いかなったようで、つんと口を尖らせる。

「ほ、ホントごめん!そういうつもりじゃなかったんだけど」
「…はあ、別にいいけどさ」

来栖のテンションが目に見えて下がっている。俺のせいだ、間違いなく。自分自身コミュ障の自覚はあったが、こんな形でコミュ障の弊害を再確認することになってしまってなんだか不甲斐ない。なんとか機嫌を直してはくれないものか。

「その、目線一緒だし歳も一緒だし、なんだか安心してしまいまして」
「それフォローかよ?」
「えっと、ほら、同じ世界見てるみたいだなぁ…なんて…」

なんて、ってなんだ。語尾の方にいくにつれ、自分が随分とこっぱずかしいことを言ってしまった気がする。案の定来栖は驚いた様子で、それで俺はますます縮こまる。男が男相手に言う台詞じゃない。こういう台詞が似合う男なら他に知ってる。てか俺今女装してるんだった。いたたまれない気持ちと混乱で黙り込んだ俺に、何を思ったのか。突如隣の来栖が吹き出した。

「はは、ほんと変なの、お前」

来栖が笑った。にっと八重歯まで見える笑顔が眩しい。それにちょっとホッとした。なんかそこまで気にしてなさそうだ。俺が変に捉えすぎただろうか。特徴的な声が笑うと、耳に残ることを今体感しているが、来栖の声は通る声でいいなぁと思う。

「褒め言葉で受け取っておきます」
「バーカ、褒めてないっての」

許してくれた風の来栖に俺は調子に乗ったようにドヤ顔をする。そしたらコツン、とおでこを小突かれた。痛くないけどイタイって反論したら、そんなにやってないと突っ込まれた。来栖はツッコミの才能がある、とここで確信する。それで2人で視線が合って、なんだか可笑しくなってあははと笑いあった。来栖はテンションが合う。女の子としてしか接することはできないが、来栖は俺のことを神宮寺とか一十木とかと違って変な風に女の子扱いをしてこないから気が楽だ。男とか女とか抜きにして、来栖とは普通に友達になりたい。

「なぁなぁ、翔って呼んでいい?」
「えっ?」

そう思って、思い切って自分から名前呼びを提案する。すると来栖は驚いたのか、確認するように尋ね返してくる。

「翔って呼んでいいかな?なんか来栖ってより、翔のほうが呼びやすい」
「お、おう!いいぜ」
「ありがと」

来栖は快く名前呼びを許してくれた。これは自分としてはとても嬉しい。来栖って呼ぶより、翔と呼ぶほうが俺自身距離を近く感じる。

「あ、じゃあさ…俺も、のこと名前で呼んでいいか?」
「…ん、別にいいよ」
「サンキュ、

本当は翔とは普通に男として友人になりたかったなぁ。アニメではたしか、随分四ノ宮に振り回されていたが、こうして実際接すると分け隔てなく接してくれる翔の性格は普通にかっこいいと思う。だから偽名で呼ばれると少し自分は距離を感じてしまうが、逆に言えば翔は名前を呼んでもいいと思ってくれたってことだろう。笑顔になった翔につられるようにして笑いながらも、とりあえず仲良くなれそうな雰囲気に内心ガッツポーズをした。

ガシャーン!

すると、なんの前触れもなくステージ上部にあった天窓が割れて、そこから学園長が飛び込んできた。悲鳴と驚愕の声がホールに綯い交ぜになる。俺はあまりに現実離れした展開に言葉が出ない。ダン、という音がホール全体に響き渡って、学園長がステージにスクッと何事もなく立ち上がる。おかしい。どう考えても天窓からステージまで10メートルほどある。一体どうしてあの天窓から降りて無事に着地できているんだ。ワイヤーとかの類もまったく見えない、まさか本当に生身で降りたとでもいうのか。

「エーブリバディ!ハロー!元気ですかー?ミーが学園長のシャイニング早乙女デース!」

隣の翔のありえねぇ、なんて呟きに内心同意してしまう。にわかには信じがたくて、思わず頬を抓りたくなる。抓ったところで痛いのは目に見えているのでしないが、せめてもの現実逃避ぐらい許してほしい。

「オーゥミナサン元気イッパイね!ベリグーベリグー」

上がった悲鳴や驚愕の声をものすごくポジティブに捉えたシャイニング早乙女の思考回路はどうなっているんだ。そこでふと、座席の前列の方が不自然に空いていたのは、窓ガラスの破片が飛び散っても大丈夫なようにだった事に気がついた。後ろの席じゃなかったら、これには気がつかなかった。でもだからって、窓ガラスをわざわざ叩き割って入ってくる理由がわからない。あの天窓はどこから見ても開閉式じゃないだろうに。

「新入生の皆サンにぃ、学園長である私からひとつぅ…ありがた〜い言葉を贈りマ〜ス」

早乙女さんはサングラスをキラッと光らせて、壇上のマイクをとりステージを横切りながら話し出す。学園長からの挨拶としてはフリーダムすぎて、もはや非常識だ。芸能人としてはそういうキャラクターがウケるのかもしれないが、それを俺の入学式やその前の邂逅の時まで発揮しなくても良かったじゃないか。悔しいことに、この学園の長があのお方である限り俺は入学条件を聞かないと入学できなかった。春ちゃんに会いたい一心で条件を飲んでしまったが、他にもっといい条件もあったんじゃないか。今となっては恨みがましい視線を送るぐらいしかできない。

「愛を知らぬ者は歌を語るな、この場を去れぇ〜ぃ!ハーッハッハー!」

それでもあのシャイニング早乙女だから仕方ないみたいな空気が流れるのは、このおっさんが破天荒すぎて伝説になっているせいだと思う。どう考えても皆毒されている。俺はその常人離れした思考や行動を初対面の時に嫌というほど体感させられているし、現在進行形で被害を被っているので、頭がおかしいおっさんとしか認識ができていない。なんであの時男子制服をくれなかったんだ。今でも隙あらば寄越してほしいし、なんなら誰かのをいっそ奪ってやりたい。

そんな俺の心の叫びも虚しく、入学式でシャイニング早乙女が出てきたのはこれっきりだった。

「おい!学園長!話が違うじゃねぇか!」
「では、サラダバー!」

慌てて壇上に上がってきた日向龍也から逃げるようにまた窓を壊しシャイニング早乙女は逃走していった。そのままぐったりした様子の日向龍也によってその場は引き継がれる。

「はぁ、ったく…。お前たち、驚かせて悪かったな。今壇上に出てきたお方がシャイニング早乙女だ。それと、挨拶が遅れたが、俺は日向龍也。これから学園で1年間、教師として教えることになっている」

先程のシャイニング早乙女の時とはうって変わり、しんと静まって皆が壇上の日向龍也に釘付けだ。かく言う俺も静かにしているが、内心バックバクだ。

「本物の日向龍也だ…」

隣で翔が驚いた様子で、感動のせいか声を震わせながら呟く。ああ、それも当然だ。なんてったってあのケン王、ドラマ『ケンカの王子様』の主役を務めたアイドル、日向龍也本人がそこに居るのだ。俺なんて感動のあまり卒倒しそうである。俺の父親が大ファンだったから、その影響を受けて俺も大ファンになっている。早乙女学園は有名なアイドルや俳優が教師を務めることもある。その話はアニメで知っていたし実際に噂で小耳に挟んではいたが、やはり画面の向こうで憧れていた人を見るとより興奮する。しかもその人とこれから1年間、学び舎で師と仰ぐことができるなんてこの上ない至福だ。

「カリキュラム以外のこともやってもらうことになるだろう。そこから音楽の基礎だけでなく、アイドルや作曲家として必要になるすべてを学んでもらうことになる。お前達が本気でプロを望むなら、一人前のプロになれるよう指導してやる。俺の指導は厳しいからな。覚悟しておくように」

ビシッとスーツを決めた日向龍也、もとい日向先生はとてもかっこいい。男の俺でも惚れ惚れするような漢のオーラだ。それを肌で感じることができただけで、どんな厳しいことでも立ち向かっていける気持ちになるから本当にすごい。日向先生のクラスはたしか春ちゃんとは別のSクラスだった。Sクラスになれたらどんなによかったか。でも別にクラスとか関係なく突撃していきたい。ミーハー心が無いと言ったら嘘になるが、でも日向龍也の作詞や作曲家としてのセンスはとても高いと聞いている。そんな最高な先生この世には他に居ないだろう。

その後の司会は壇上から降りた日向先生が行ったため、つつがなく入学式は進んでいき、閉式となった。


『これにて入学式を終了します。新入生諸君は先生方の指示に従い、教室に移動してください。なお作曲家コースの皆さんは所属クラスを確認しに行ってください』

事務的なアナウンスが流れて、周囲はがやがやと賑わいだした。作曲家コースはこれからクラス確認か。これで一つ謎が解決した。オリエンテーションで作曲家コースに連絡がなかったのはそういうことなんだな。一十木や聖川も気にしてくれていたことだし、混む前に早めに見にいこう。そう思うが、皆立ち上がり出して移動するので俺の席からホールを出るには時間がかかりそうだ。そうして待っていると、ふと翔と視線が合う。

「これからクラスに向かうんだな。どんなやつがいるかわくわくするぜ!」
「そうですねえ〜。あ、ちゃんはどこのクラスでした?」

デジャヴを感じる。あれ、この質問一十木にもされたな。でも四ノ宮は知らないだろうから答えない訳にはいかない。

「ああ、うん。Bクラスかな」

まだ決まっていないが、予想しているクラスを若干投げやり気味に返すも、四ノ宮の反応がない。驚いて固まっているように見える。

「いやいや、それはないだろ。どう見てもSクラだろ」

不思議に思っていたら、来栖がツッコミを入れるようにして否定してくる。

「そうですよ。ちゃんはかわいいですし、既にアイドルでデビューしててもおかしくないくらいです!」
「は?…ちょっ、ちょっと待って」

落ち着いてくれ。そもそも会話がおかしい。来栖はいいとして、いや、よくないけど、四ノ宮は何を言っているんだ。アイドルでデビュー済みだなんて、その口ぶりまるで俺がアイドルコースに入学してるみたいな言い方じゃないか。と思い至って、ふと自分が何のコースなのか2人に言っていなかったことを思い返す。

「あのさ、つかぬ事を聞くけど、二人は私のコースを知ってる?」
「アイドルコースですよね?」
「アイドルコースだろ?」

まるで打ち合わせでもしたかのようなハモり方をした2人の盛大なボケに、俺は愕然とした。なんなんだその無駄なシンクロ、そんなに俺は作曲するように見えないのか。

「…や、違うから。作曲家コースだから」

ため息混じりに否定すると、翔と四ノ宮は今度こそ目を点にして驚いていた。

「はああ!?ウソだろ!」

おい。それどういう意味だ。地味に傷つくぞ。ネタ的な意味なのか、そうなのか翔。女装した男なんかが、何が楽しくてアイドルコースなんかに入学するというんだ。

「ほんとですか!じゃあ、ちゃんが作った歌を歌えるってことですね!」

四ノ宮が何を早とちりしているのか、突如はしゃぎだす。態度が急変したので驚いていると、何故か四ノ宮に手を取られてブンブンと上下に振られる。握手のつもりなんだろう。たぶん。四ノ宮なりの握手なんだろうが、脳がシェイクされるほどの強さで振り回されるのは想定外だった。

「楽しみです!あ、そういえばさっき、作曲家コースのクラス分けはこれから発表って言ってましたね。早く見に行きましょう!」
「えっ、ちょっと待て、那月待てっ…!」

翔の必死の言葉も虚しく、四ノ宮は反論できないほどぐったりした俺を樽のように抱えて走り出した。しかもついでと言わんばかりに翔も抱えられている。顔をさっと青ざめさせた翔を見て、あれ、これ俺死ぬんじゃと思ったのは間違いではなかった。これはシートベルトの固定されていないジェットコースターみたいなもので、乗り心地はまさに生きた気がしないと言うに相応しいものだった。