特別になりたくない。


上手なフラグの立て方 6


side@神宮寺

「イッキ、ちょっと」

降りてすぐ、オレはジョージと後で会う約束を手短にしてから、一十木に声を掛ける。

「え、なに?」

先程慌ただしく降りて行ったを、一十木は追おうとしていたらしい。視線は彼女に向けながら、それでも声をかけたこちらに意識を向けてくれるあたり、この男の根は律儀なのだと改めて思う。
それで、先程からずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。

「イッキは彼女が好きなんだ?」

一瞬何を言われたか理解するのに、数秒タイムラグがあって、それから一十木は緩やかに顔を赤く染めていく。

「すっ、すすす、すき?!」

典型的なまでの反応にオレは面白さを感じつつ、自分の口に人差し指をあてて、静かに、というジェスチャーをする。一十木も流石に察したのか、慌てて口を手で塞いだ。

「あんまり大声だと、彼女に聞こえちゃうよ」
「あ、う、そ、それはレンが変なこと聞くから…!」
「別に変じゃないだろ。それで?どうなの?」

さりげなく逸らそうとしている一十木には悪いが、話を戻して核心をつく質問を繰り返す。ぐっと返答に詰まっているあたり、もう答えは見えている。詳しく一十木を知っているわけではないが、十中八九これは脈ありで間違いない。

「ええと、いや、別に、憧れの人の妹さんで、似てるし、かわいいけど、その、別にこれは、一目惚れしたとかそんなんじゃないから!」

オレは吹き出すのをこらえるのに必死だった。人の恋路に茶々を入れるほど野暮なことはしないスタンスだが、ここまで経緯を教えてくれるとは思っていなかった。

「OK、一目惚れじゃないんだね、よく分かったよ」
「そうなの!ていうか、そんなに笑わなくても」
「いやだな、オレは今微笑んでるんだけど」
「なにそれ」

一十木は少し怒った様子で、頬を膨らませている。なるほど、憧れの人の妹さんに恋をしてしまったわけだ。しかし憧れの人とは誰だろう。湧いてきた疑問をさりげなく一十木にぶつける。

「その、憧れの人っていうのは?」
「あ、うん。入学前に会った人で、オレの憧れの人なんだけどさ…その人に雰囲気そっくりで…初めて会った時は本人かと思ってびっくりしちゃったんだ。そんなはずないのにってさ…」

まるで憧れの人に恋をしているような雰囲気で、先程の怒りや照れの表情とは打って変わり一十木は切なげな面持ちで語り出す。オレは疑問が募った。どうやら、少し事情があるらしい。似てるということは姉妹なんだろう。年上なら、もう既に憧れの人には恋人でもできてしまったか、あるいはもう、帰らぬ人になってしまったか…などと考えを巡らせるが、どれも想像の域を出ない。ここはあまり突っ込まないで、おいおい聞いていくとしよう。

「ふぅん。なるほど…ね。さ、イッキ行こう。入学式に遅刻しちゃうよ」

そう言って切り上げて、時計を見つつ一十木の肩を叩く。数歩足を進めて、その後を着いてくる様子がないので不思議に思って振り返る。

「…レンも、気になる?」

気になる。主語のない一十木の問いに浮かぶのは、先程の少女のことだ。それはもちろん気になっている。オレの顔を見た瞬間の、初対面での拒絶。今までの女性の中ではそう居なかったタイプだ。

「…ああ。ま、それなりに、ね」

それ以上に、彼女は必要以上にオレを避けていた。初対面で嫌われたにしては、早い段階から拒絶をされた。まだ会話すらなかったタイミングから、まるでオレのことを事前に知っているかのようにのらりくらりと躱すものだから、まるで猫のようだ。普段ならば深追いするタイプではないと自負しているが、それでも振り向かせたら面白そうだと思うくらいには、興味が湧いている。学生生活に華を添えてくれそうな彼女の存在に、オレは無意識のうち胸を踊らせていた。