特別になりたくない。


上手なフラグの立て方 5


俺は神宮寺の隣に座ることだけはなんとしても避けなければいけないと、一十木を上手いこと間に挟むよう に車の後ろの座席に乗り込んだ、つもりだった。

その動きに外から気がついた神宮寺によって、結局俺は一十木と神宮寺に挟まれて座るという、本来最も避 けなければならなかった事態に逆に追い込まれている。しかもナチュラルに神宮寺のやつは俺の肩に肩をぶ つけてきている。どう考えてもゆとりあるリムジンの後部座席でこんな密着する理由がわからない。女たら しのお前が俺に迫ったところで、お互いに得るものが何もない。男ってわかってるんだろう。頼むから離れ てくれ。

「神宮寺さん…あの〜…狭くないですかねぇ?」
「レンでいいよ、子猫ちゃん」

そんな俺のチラチラと神宮寺に向ける視線を見事に勘違いするこの男。そして今、俺は子猫とかなんとか呼 ばれた気がする。耳鳴りとかではない。神宮寺が首を傾げてこちらを覗いてきているからだ。狭い車内だか ら仕方ないんだけど、だからって一十木とはまた違うオーラでビシビシ刺さる視線を投げられてはたまった ものではない。もはやここまでくると嫌がらせだ。半ば睨み返すように横目で神宮寺に疑問を返す。

「……どうして子猫なんですか」
「だって君、そんなに恥ずかしがって俯いているからさ」

お前、そりゃ女装であんまり接近されたら、男とバレるのは時間の問題に決まってる。それは由々しき事態 なのだ。学園に着く前からバレてみろ。友達ができないだけで終わればかわいいほうだ。抹消したい過去と して生涯を過ごさなければならなくなる。それだけは勘弁してほしい。だから俯いている。神宮寺、察して くれ。これはあの早乙女なんとかっていうおっさんが勝手に決めたことであって、俺は決して、断じて女装 が趣味の男ではないんだ。一般庶民には跳ね除けるだけの力量も度量もなかったんだ。

「なになに?何の話?」

明るい声で一十木が話しかけてくる。ありがたい、救い船だ。

「一十木」

ばっと一十木のほうに顔を向ける。一瞬驚いた顔をするけど、自然と笑顔で返してくれた。

、どうしたの?」

無垢な笑顔が眩しい。しかし一十木許せ、俺はもう神宮寺の隣にいるのは耐えられない。

「席、変わってくれないかな」
「えっ?どうして?」
「窓際がいいから」
「だったら俺がかわってあげる。おいで、子猫ちゃん」
「いいえ結構です」

だから神宮寺大人しくしててくれ。わざわざお前の隣に行くなんて言語道断だ。それなら俺はまだ一十木の ほうがマシだ。一十木からしたら迷惑なんだろうが、俺はとにかくこの男から一瞬でもいいから離れたい。

「俺の隣のほうが直射日光にも当たらないだろう?」
「いや本当無理です」
「酷いな、仮にも遅刻しそうな君を助けてあげたっていうのに」
「…それはありがたいと思っていますが、」

神宮寺は日本語すら理解できないのか。言語能力にここまで問題が生じているとは夢にも思わなかった。天 は二物を与えなかったんだな、と憐れみの視線を浴びせると、神宮寺は突然何がおかしいのかくっと喉を鳴 らし笑って、顔をさらに近づけてくる。

「君とはもっと仲良くなりたいな、子猫ちゃん」

その呼び方が嫌なんだ。気がつけ神宮寺。それとも意図してやっているんだろうか。だとしたらより俺の中 の神宮寺の評価は右肩下がりだ。マイナス氷点下までほぼ垂直に突き進んで行ってもいいぐらいの勢いで、 好感度はもはやゼロになる。

「あれ?でもレンがレディ呼びじゃないなんて珍しいね」
「…!」

一十木、お前そこで気がつくのか。こいつ多分、レディ呼びしないのは俺が男だって気がついているからな んだ。

「なに、彼女とは友好な関係を築きたいと思ってね」

白々しく彼女などと呼んでくる神宮寺が微笑んでいる。言葉に意味深な内容が込められていて、本当にいつ 一十木が気がついてしまうか気が気でない。一十木は案の定というか、納得のいかなそうな表情で口を開こ うとするので、俺は慌てて言葉を被せた。

「でも、」
「あの!私も神宮寺くんとは友達がいいなって思って!」

わざとらしい被せ方に、一十木が驚いている。そりゃそうだな。俺も自分の声が想像していたより大きくて ビビった。車の中だから反響するのを考慮していなかった。

「へぇ……奇遇。オレもそう思ってたよ。子猫ちゃんとはステディになるより、まずは友達として仲良くな りたいな」

神宮寺はそんな俺の言葉をどうとったのか。てかステディってなんだ。しかしこの雰囲気だとおそらく言葉 通り友達を所望していると受けとってくれたんだろう。それと俺が絶対言いふらしてほしくないことも察し てくれている可能性が高い。ここまで大して俺を男と示唆するような行動が見られないから、少なくとも今 一十木にバレないようにはしてくれるだろう。

「…友達なら、子猫って呼び方はしないと思いますよ」
「そう?じゃちゃんって呼んでいい?」

よりによってちゃん付け。俺の名前じゃなくて偽名の名前がちゃん付けで呼ばれるという事態。呼び名に関 してこの事態を招いているのは自分だが、いや根本的な原因はシャイニング早乙女なんだけど、余計変な感 じになった。

「気難しい子だね、君は」

むすっと黙ってしまった俺をどう思ったのか、ナチュラルに頭を撫でてきた神宮寺を俺はしばらく許さない 。頭を撫でられるのがこんな屈辱感あるものだとは知らなかった。こめかみがヒクつくのを必死に抑えなが ら、俺は神宮寺に対抗心を燃やす。

「…じゃー私はレンちゃんって呼ぼうかなぁ〜」
「いいよ」
「だよな〜。……えっ」

断られると思っていたのに、アッサリと許した神宮寺に驚く。彼に視線を向けてしまって、その距離の近さ にピシッと硬直する。右手をいつの間にか握られていて、そこにすっと頬を寄せながら、神宮寺が言う。

「いいよ?君みたいな子猫ちゃんになら、むしろそう呼ばれたいな。ねぇ、もう一回呼んでみてよ」

鳥肌が立った。かつてない速度で背筋に冷たい何かが走り去った。ダメだ。こいつ本当、ダメだ。何がダメ ってこんなイケメンなのに、台詞がいちいち臭くて聞いてるこっちが恥ずかしくなる。俺は男なんだよ神宮 寺。頼むから口説かないでくれ。俺は迫り来る神宮寺の顔を、握られた右手ごとぐっと押し返した。

「いやっ、やっぱり丁重にお断りさせていただきますね神宮寺さん!」
「つれないね。レンちゃんって呼んでくれても構わないんだけどなぁ」
「ちょ…その、苗字からにしませんかねぇ〜…まだ会ったばかりですし〜…」
「どうして?友達は親しく名前で呼び合うんじゃないのかい?」
「あんまりいじめるなよ、レン」

神宮寺と俺で妙な攻防戦を続けていると、ぐい、と肩を引かれて俺は一十木のほうに傾く。驚きに彼の顔を 見上げると、一十木はいつもの笑顔ではない、真剣な表情をしていた。神宮寺と不毛なやりとりをこれ以上 しなくて済む点においては助かったけど、なんでそんな怖い顔してるんだ。

しばらく3人無言になる。神宮寺がやれやれといった様子で肩を竦めるが、一十木は俺を掴んだ手を離そうと しない。一気に険悪なムードになる車内をよそに、車は緩やかに停車する。

「レン坊ちゃん、着きましたよ」
「……ありがとう、ジョージ」

神宮寺がほんの少し、不自然に間をあけて運転手に礼を告げた。ドアが自動であいて、俺は酸素を求めるよ うに、神宮寺のエスコートを上手いこと躱しつつ、一十木の腕から逃げだし、車から出ることに成功する。