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太陽が東から昇ってくるのと同時に朝が来た。人間が呼吸をするのと同じように、天と地がひっくり返らないかぎり常識であるこの事実。しかし俺にとってこの冬の朝は地獄の始まりでしかない。
現在の時刻は、だいたい朝。俺は今、布団にくるまっている。つま先から頭まできっちり毛布を被っている。理由は言うまでもない。寒いからだ。自身の体温のお陰でいくらか温かい布団の外は寒い以外の何物でもない。死ぬ。出たら凍死する。だから布団にくるまっている。しかし俺の意識がまどろむことは無い。二度寝したくても出来ないぐらい、寒いからだ。その所為で俺は今、苦しんでいる。真面目に、このままいったら死ぬんじゃないか?自分で考えておきながら、いやいやそれはシャレにならんだろうと1人ごちる。毛布の中、籠もる自身の息で酸素がたりなくなろうが、お腹の音が鳴ろうが、俺は動かない。この状態でずっと何もしていないので、何分ほど寒さに耐えているのかも分からない。ただ目だけは酷く冴えていて、まどろむことすらできないのが一番辛い。俺に起きるという選択肢はなく、ただひたすらぬくもりと眠気を求めて意識を布団の奥へと押し込もうとしていた。
「!!」
バン。
空気中を伝わり、俺の鼓膜を脅かすその声の主が、この寮の――落ちこぼれが集まるオシリス・レッド生徒の宿舎――角にある一室、つまり俺の部屋の扉を開いた。声は聞き覚えがあり過ぎて、俺はさあっと血の気が引くのを感じていた。これはマズいと、危険を察知した所までは良かったのだが、いかんせん相手のほうが素早く、強い力を持っていたので、俺は一瞬にして布団をはぎ取られ、肌を刺す研ぎ澄まされた空気に曝される。
「ぬあああああ」
あまりの寒さと、眩しさに俺は悲鳴を上げた。ベットシーツに僅かに残る温もりを逃すまいと、俺はシーツに顔を突っ伏し、体は自然と丸まって縮んでいく。でも寒いものは寒い。やはり布団が恋しい。手を伸ばせる限りの範囲で腕を動かして毛布を求めるが、何の感触もない。ただ空気の冷たい感触を堪能するだけだった。
「起きろよーっ!雪だぜ!雪!」
憎たらしいほど元気な声が、ほんのちょっとだけ残っていた体のぬくもりを全て吹き飛ばしてしまう。俺は渋々顔だけを相手の方に向けた。そこにいるのは俺の部屋の隣人の憎たらしいほどの晴れやかな笑み―――といっても今はオシリス・レッドの寮には俺と彼しかいない。
「早く起きろよな!おまえ遅いって!」
彼は十代。遊城十代。赤い寮制服がやけに似合う3年。俺と同期でもあり、この学園デュエルアカデミアでは知らないヤツはいないほどの、超有名人。どうして彼が有名なのかは割愛するが、彼とデュエルをよくする俺は一度として白旗を上げたことがないとだけ説明しておく。十代以外に負けたことがないこの俺が、十代には何故だか勝てないのだ。まあコイツのことは今はどうでもいい。それより俺は、自分でもわかるほど不機嫌になっていて、顔を上げて目が合った十代もきっとそれが分かったんだと思う。だからヤツは余計笑みを深めたのだ。ああ憎い。
十代と暫く睨みあった後、俺はガバリと上半身を起き上がらせて手を伸ばし、毛布を抱きしめるように立つ十代から、その毛布を奪い取ろうとした。
「おぉっと、」
しかしあと少しのところでひらりと避けられて、俺の体は思い切り傾いた。全身を駆け抜ける寒気。だめだ、やっぱり起きるなんて出来ない。しかし暖をとるものがこの築うん十年のオンボロ寮にあるわけもなく、唯一の防衛手段であるそれを返してもらわないと寝れない。俺は寝たい。眠気は月の沈んだ地平線の彼方に吹っ飛んでいたが、それでも俺は寒い事に対する耐性はない。2年間と数カ月この寮に住む俺の、年々酷くなっている隙間風に対抗する手段が、今十代が抱えている3枚の薄い毛布と1枚の掛け布団にある。
「寝る。返せ。布団」
だから俺はまた丸まって、小さく出した手のひらを十代に見せて、震える唇で言葉を紡ぐのである。十代は俺が極度の寒がりであることを知っているから、こんなにもニタニタしているのだ。本当に憎たらしい。早く返してほしい。そうでないと本当に凍死してしまう。既に俺の足の指の末端の神経は凍りついている。これで動かなくなったらどうしてくれるんだ、普段温和な俺がそう思ってしまうぐらい、今イラついている。
「何言ってんだ?もう8時だぜ!雪合戦やろーぜっ、雪合戦!」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、さらに逆撫でしてくる十代に俺はついに紙一枚分ほど残っていた自制心を放棄することになる。俺は丸まった体勢のままウガーという音がしそうなほどの音量で吠えた。十代曰くこの時の俺は相当シュールだったらしいが、当事者である俺が気が付けるはずもなく、感情のままに、睡眠のために、ただ本能に従って叫んでいた。
「オマエマジ出てけ!俺は寝るんだ!」
俺は冷たい空気を息を吸ったせいでさらに冷えた体を震わせた。十代は大声に驚き、目を見開く程度の反応はしたが、やはり十代は十代だった、俺の言葉を咀嚼して、ああ、と納得したような声を零すと、直ぐに数秒前の表情に戻る。口元のニヤつきを抑えることはせず、抱える毛布と一緒にゆらゆらと左右に揺れながら、今にも笑いだしそうな声で、彼は喉を鳴らしていった。
「えぇ?…はー。まったくはしょうが無いなー。じゃ、お邪魔しました〜」
そそくさと、開きっぱなしだった木製の扉――たてつけが悪いので自動で閉まるなんてことは無い――から、十代はこころなしか足早に去っていった。俺はしばし、ぽかんとして、その状況を理解するのに3秒ぐらいを費やして、ようやくまともに思考出来た。十代は俺の言葉に従って出ていった。ただし、毛布や掛け布団をを持ったまま。凍りかけていた足先も、睡眠を求めていた脳も、その全てを忘れたように俺はベッドの縁に足をひっかけながらもとび起きた。ベッドの縁においてあったPDAががちゃんと音を立てて床に横たわったが、俺はそんなことに気を取られる余裕はなかった。
「…あっ、ちょっ、ミスミス!今のナシ!ナシ!っあああー!さみいい!」
既に足音の聞こえなくなった外部廊下に、氷のような靴の踵を踏みつぶして、バタバタと足音を立てながら十代を追いかける。寝巻、というかジャージしか着ていないので、頬だけでなく布を吹き抜けるような空気が俺の体に纏わりつくのを感じた。十代は既に廊下にいない。代わりにカンカンという、錆びついた鉄製の階段を駆け降りる音がして、それからすぐザクザクという音に変わるのを、俺は聞いた。ハッとしてそっちの方を見れば、枯れた芝草がまばらに生える地面の上にうっすらと雪が積もっており、その雪に新しい足跡を残しながら、十代が毛布と布団を体に巻きつけた状態で走っている。
「十代い!ちょっ…やめて!持ってかないで!俺の毛布!返せ!おい!聞けや!」
俺は手すりに駆け寄って、大声を出す。全身に鳥肌が立っているが、とりあえず腕だけでもとさすりながら、そこで足踏みをしつつ下にいる十代を睨みつける。そうすれば声に気が付いた彼が、立ち止まって俺のいる方を振り返った。一瞬キョトンとしたような表情をしたが、俺と視線があった瞬間、ぶわっと花が咲いた様な笑顔になって、こう言い返してきた。
「あはは!返してやんねーよっ!バーカ!」
楽しそうに笑う十代の声が、俺の鼓膜をくすぐるように刺激する。先程まで不機嫌の極みだった俺だったが、何だか楽しくなってしまって、俺も口元の笑みを抑えることもなく、十代に負けないような大声を出して、彼を追いかける。
―――そうして俺たちは、誰も居なくなったレッド寮の周囲で、時間を忘れて、子供のお遊びのように追いかけっこをした。邪魔をする人は誰も居なかった。そして俺も十代も、なんだかんだ幸せだったことに、なんの疑いもなかった。