「馬鹿野郎!返してもらったんなら直ぐ帰れよアホ!」
俺が声を荒げるのには、訳がある。過去の言動をこの男に問いただしていた際に、コイツが漏らした一言が最たる理由だ。目的の物を返してもらったが、デュエルで勝ったら返してもらうからと、また返したのだという。そんな事をするなんて、相当の自信家か見栄っ張りか、ただの馬鹿でしかない。俺は一番最後がこの男に当てはめるのがふさわしいと思った。
「本当にお前、バカだ!そうすりゃこんなことには―――」
「すまない、」
「〜〜〜っ」
本心から申し訳なさそうに言うそいつを見て、俺は文句を垂れる気力が一気に失せるのを感じた。むしゃくしゃした思いの矛先が消えて、行き場をなくした言葉を頭の中で消去せざるをえなかった。俺はため息と同時に声を出し小さく唸った。
俺は不動の傍らにどっかりと座った。じゃらり、と手首に付けられた冷たい金属が揺れる音がする。護送車の中はどことなく殺気立っていて、その中でやけに俺だけが綺麗な身なりをしていたことに、寒気と疎外感を覚えた。
* * *
現在、夜中の10時をまわった頃。
俺たちはネオ童美野シティの一角にある小さな公園のブランコに腰かけている。ぎい、ぎい。俺の体重を支える金属の鎖が小さく悲鳴を上げていた。俺は最近買い換えたばかりの靴をぼんやり眺めながら、ブランコの板を揺らした。左側に座る不動が声を出したのは、俺の影が1ミリぐらい伸びたか伸びないかぐらいの時だった。
「―――あれから1年か」
月日の流れは早いもので、"あの日"から、あっという間に1年が経った。
不動はカードゲームの大会において、ジャックを破りキングとなった。身なりはあの時と変わらないが、少しだけ顔に変化がある。右頬のマーカーだけじゃなくて、顔付き自体が変化したのだ。一方で俺の方はといえば、しがないアルバイターをやっている。俺も右の頬にマーカーを付けられていた。デザインこそ若干不動とは違うが、似通っているそれが同じようにある。
…話が逸れたので戻そう。あの日以降、俺は、当時夢の世界だと思っていた世界に居る。不動とジャックが戦って、俺と不動が捕まってからというものの、俺は目覚める気配もなく、帰る手段も分からずじまいで。最初こそ困惑して暴れまわったりしたが、それで何が変わるという訳でもなかった。ただ、不動はそんな俺の傍に居てくれた事だけは、印象深く残っている。
「…そうだな」
たっぷり間を置いて、俺は不動の呟きに返事をした。揺れるブランコに合わせ、力なく下ろした足が砂利の上を滑って、音を立てる。公園には、俺と不動と、街頭の光に引き寄せられた小さな虫以外に、誰も居なかった。
「俺は、」
不動は言いかけたまま、口を閉ざしてしまった。こういう癖が出るときは、大抵不動に言いたい事がある時だ。ここ1年で、なんとなく分かってきた彼の一面でもあった。合いの手をいれて、続きを促す。
「…俺は?」
ややあって、俯いて手元を見たまま、だんまりを貫いていた不動は、言葉がまとまったのか、一気に息を吐き出すように言い放った。静かな公園なので、俺の耳には良く聞こえた。
「…今までずっと、に隠していたことがある」
驚きというよりも、その内容に対しての興味が先立った。俺に対して、一体どんな隠し事をしていたのか。こんな仰々しく夜の公園なんかに呼び出してきたなんて、よっぽどの大事なんではあるまいか。脳裏を色々な予想想像その他もろもろが埋め尽くす中、顔を向け視線を向けて、不動に続きを促した。しかし何時まで経っても不動の顔の筋肉は動きを見せなかった。
「何だよ」
言外に早くしろ、と伝えれば、不動は顔を上げた。いつもと変わらない無表情だった。視線がかち合ったのもつかの間、不動はふい、と顔をそらした。
「…すまない」
「あー…不動。謝る前に内容を言え。じゃないと謝られた意味が分からないだろーが」
煮え切らない不動の態度に、さすがの俺も痺れを切らして、少し咎めるような口調で言う。それでも不動は俯いたまま動かない。俺はブランコの惰性的な揺れを足の力だけで止めた。辺りに、遠い街並みから聞こえてくる喧騒だけが、小さく響き渡っている。一分ぐらい経ったところで、俺は動いた。
「…言わないんなら帰る」
俺はそんなに我慢強くない。静かにたちあがり、不動の前を横切って自分が住み込みで働いているレストランバーに戻ることにした。まったく時間の無駄だった。しばらく会えなかったからちょっとぐらいのワガママでも聞いてやろうと、夜中に約束されたこれに来たっていうのに。明日も仕事があるから本当は早く寝たかったんだ。とっととシャワーでも浴びてベッドに横になろう。
「―――!」
そんな事を考えていた矢先、不動が動きを見せた。公園の入り口に当たる垣根を曲がった所で、俺は立ち止まらざるを得なかった。いつの間にか背後に迫っていた不動の左手が、俺の右手を掴んだ。手荒に掴まれたそこが少し痛くなった。
「俺がを、こっちの世界に呼ぶ切欠を作ったんだ」
「…は」
何をするんだ。と文句の一つでも言ってやろうかとしていた矢先に、俺は固まった。彼の発言の意図を、俺が理解するのには数秒が必要だった。それなのに不動は休む間もなく、先程の躊躇していた様子が嘘だったかのように、俺に胸の内を吐きだしてくる。
「初めて会った時、俺がジャックの事で悩んでいた時に、に会ってから気が楽になった。Dホイールの作業だって捗るし、一緒に居るだけで安心できる。それに、」
「不動、!」
俺が言葉で意思表示すれば、一度不動は呼吸を置いた。俺も意識外に詰めていた息を少し吐いて、脳に酸素を送ればいくらか周囲を気にする程度まで動かせるようになった。
「…そんな一気に言われてもワケわからねぇから、ちょっと待てって…」
俺の手を握りしめる不動の手をやんわりと放そうとしたけど、離れなかった。むしろ一層力を込められて、困った俺は顔を上げた。その時の不動の顔は、なんて言ったらいいかわからないけど、とにかく眼だけは、本気だったのを覚えている。
「…が初めてなんだ」
普段より弱弱しくつぶやいて、俺の左肩に額を押しつけてきた。酷く熱をもったそれが、服越しに伝わってくる。握った手は、声は、少し震えていた。
「こんなにも、誰かを求めるのは、」
それは、満月の夜のことだった。
「誰が責任とってくれるんだ」
LAST UP DATE>>10/08/28