06 - What should I do?


「昼寝したら寝付けなかった」

なんか知らないけど、ここ最近寝不足?(昨日の名前連呼が響いたのか)だったらしく、俺の身体は知らぬ間にピークを迎えていた。要するに俺は軽い夏風をひいた。薬を飲んで昼寝したらけろりと治ってしまったが、流石に昼寝はマズかったらしい。俺は目が冴えて冴えて仕方なくて、寝付くのに2時間ほど時間を無駄にしてしまった。

「そうか」

別に約束してるわけじゃないから不動に言い訳するのもアレだったけど、夢の世界に着いた時に、不動がバイクを弄らないで、俺が何時もやってくる方向を向いて、無表情で突っ立っていたので、俺はなんとなく言い訳を口にした。

でも、不動はいつも通り、薄い反応を返すだけだった。作業を止めていたらしいバイクの傍へふらりと戻る。工具や、沢山のコードが散らばったそこにしゃがみこんで、彼はまた作業へと意識を埋没させていった。俺は作業場の端にある、少しは丈夫そうな木製の椅子を、不動が作業するバイクの少し傍まで持ってきて、腰をかけた。

カチコチカチコチ。暫く静かだったが、ふと気付くと時計の音が耳に入ってきて、俺はそちらを見た。そしてその針が指す時間を見て、ぎょっとした。

「…お前、いつも何時に寝てるの」
「…眠くなったら、身体が教えてくれる」

馬鹿野郎、それは眠くなったんじゃなくて、身体が悲鳴を上げてるんだ。俺は何も言わないで、今はしゃがんでいて俺の視線の下にある、不動の頭をグーで殴っておいた。小さく悲鳴を上げた彼は、意外に石頭だった。


 * * *

「遊星、まだ寝てないの?」

俺の背後から突如聞こえた第三者の声に、俺は大げさに肩を揺らした。

「ラリー」

不動は口を開いた。振り返ると、寝むそうな眼をした少年がいた。ラリーという名前らしかった。少年は眼をこすると、今度はしっかりと目を開けて、此方を見ていた。俺は挨拶をするかどうか迷って、軽く手を挙げることにした。すると少年は、パソコンを弄っていた不動の方に近寄っていった。

「駄目だよ、今日のテストで疲れてるはずだよ。ちゃんと寝なきゃ」

俺には眼もくれず、少年は不動の服の裾を握ってゆさゆさと揺すった。先程まで高速で動いていた不動の指が止まっている。視線が一瞬俺の方を向いたが、すぐ、少年の方へ顔を動かした。

「…ああ。これが終わったら、寝る」
「そう言って何時も遊星は寝ないの、俺知ってるよ」

不動はそう言ったが、付き合いが長いらしい少年は、不動の台詞に納得がいかない様子だった。じと、という効果音が付きそうなほど、少年は不動を半目で見つめた。さすがの不動もこれには反論の余地がなかったよう。俺は、彼は口先だけで、そもそも寝ようとしていなかったなんて、彼が口を閉じて少し視線をそらすまでは、まったく気が付かなかった。

「…わかった。もう寝よう」
「本当に?」

ついに折れた不動が、息を吐きながらそう零した。その言葉に突っかかってくる少年の疑いに、俺は苦笑いした。不動とこの少年がこういう会話を頻繁にやり取りする図を、日常のワンシーンとして想像するには容易かったからだ。それに、こんな風に困った様子の不動を見るのは初めてな気がした。

「ああ。だが、少し待ってくれ、データの保存に2,3分かかるんだ」

そこで俺はふと思った。俺は不動のことを何にも知らないんじゃないだろうか、と。考えなくても直ぐわかる事だが、話のタネになるような、些細なことさえ知らないんだ。例えるならば、家族のこととか、年齢とか職業とか、好きなものと嫌いなもの、だとか。上げていくうちにキリが無くなっていく気がして、それと同時にどうして俺と不動はこうして会って、とりとめのない会話をして、さながら交友関係的な何かをしているのだろうかと、ふつふつ疑問が湧いた。膜が張ったように消えない疑問に頭の半分を埋め尽くされる。

「へへ!じゃあ俺、先に行ってるから、早く来てよ!」

視界の端で、笑顔になった少年がぱたぱたと俺の横を通り抜けた時、俺はようやく思考回路を取り戻した。


 * * *

「…あの子、俺のこと一度も見なかったけど」

バタン、扉が閉まる音から暫くたって、俺はまたパソコン作業に没頭する不動にちょいと声をかけることにした。先ほどの少年との会話の所為だろうが、最初よりも動きが早くなったパソコンの上の指からは、タイプ音がひっきりなしに音がでて、鼓膜を揺らす。

「ラリーには、が見えないようだな」
「…ぽいね」

あの少年、ラリー君にシカトされている訳ではなかったと思う。思いたい。不動が言ったように、そうである事を祈るばかりだ。何故見えないのかなんて、たぶん俺の脳味噌では答えは出そうにないから、考えるのを止めた。不動の言葉に適当に相槌を打つ。

俺の質問に答えながらも不動はパソコンの画面を追いかけ、指は一切のブレもなくただひたすらに打ち込む作業を続ける。此処まで来ると、単にパソコンが強いという一言では済まないんじゃなかろうかとさえ感じた。少し待つと、不動がパソコンをたたんだ。たぶん、さっきの少年との会話で言っていたデータの保存が終わったんだろう。そこで俺は、もうひとつ疑問を投げかけることにした。

「ラリー君?だっけ。テストとか言ってたけど、お前何したんだよ」

先程の会話では、身内の会話なので気安く話しかけないでくださいオーラ(俺が勝手にそう感じるだけだが)が見えたので黙っていたが、どうしても気になったのが、この少年の言葉だ。そう言うと不動は、宙を彷徨わせていた視線を俺の方に真っ直ぐ向けてきて、それからおもむろに立ち上がり、バイクの傍らへと歩いて行った。

「…このバイクは、俺の、知り合いに会いに行くために作った」

コツコツ。木製の床に、不動の靴の音が小さく響く。前のような軋む音はない。そこまで高くない木の床とコンクリートとの段差を一歩で降りると、彼の足音は俺の耳に入らなくなった。不動の後ろ姿を眺める俺は、なんとなく、口を閉じることにした。彼の大事な話が聞けるかもしれない。俺の知らない彼の情報を聞き逃すまいと、俺は自分の呼吸音すら忘れて耳をそばだてた。

不動の知り合い。こんなガラクタの山の部品を集めさせ、バイクを作らせてまで、会いに来させる人。どんな人なんだろうか。不動はバイクの傍らで立ち止まり、その座席部分に手を置いている。そんな姿を見て俺はぼんやり、強かな年上女性の姿を思い浮かべた。ちょっと殴りたくなった。

「ヤツが今居るネオ童美野シティへ着く手段は一つ。俺はある抜け道を行かなければならない」

なんだコイツ好きな子に会いに行くのかと、この夏めでたく彼女居ない歴2年になった俺は思い、軽くおちょくってやろうかとさえ目論んだ。しかしそんな能天気な俺の脳味噌とは違い、不動の声色はどんどん硬くなる。そこにきて、俺は彼が本気なのだと気付き、開きかけた口を閉じることにした。どう声をかけていいか分からず、無言のまま続きを促す。

「その抜け道は月に1度しか使えない。そこが使えるかどうか、今日テストしてきたんだ」

彼はバイクを撫でる手を止めて、此方に向き直った。無表情の不動が、バイクを背に立つ。酷いデジャヴを感じ、同時に背筋になにか得体のしれないものが駆け巡るのを感じた。鳥肌とか、寒気とか、悪寒とか、そういうのじゃなかった。今までにない感覚。それに戸惑いながらも、俺は口を開くことにした。

「…それ、どうだったの」

ふ、と不動は、ごく自然に笑った。今まで一度として見たことが無いその表情に、俺は瞬きも呼吸も忘れて、ただその光景を目に焼き付けることぐらいしかできなかった。月明かりに照らされた赤と、その瞳に宿る青は、今でも鮮明に俺の記憶に残っている。

「―――来月の今日。俺は此処を発つ。ジャックに、皆の希望を返してもらうために」



「俺は何をすればいいんだ」
LAST UP DATE>>10/08/24
IMPROVE DATE>>10/09/16