03 - Where you from?

俺が目を開くと、またあの路地裏に仰向けに、倒れていた。前から見たかった映画のDVDを見ているうちに、俺は寝てしまったらしい。3回目にもなると、景色に驚くなんてことは無くなった。周囲にある瓦礫や不気味な暗闇も、そしてその先にある人工的な光も、既に見たことがあるものとして俺の中に記憶され、固定化されていた。空に浮かぶ月が満月であるという事まで全て、何処も変化していなかった。ただ、俺は寝てしまったのだと、そう思うだけだった。

今度は足音を消して近づく事はしなかった。相手も流石に覚えているだろうと、俺は堂々と光の元へ近寄る。当然、不動遊星はそこに居たわけで。

「…待っていた」

小さい変化として取り上げるなら、不動遊星がパイプ椅子に座って、口ぶりからして俺を待っていた事。俺は片手をあげ返事を返した。初対面ほどの、俺に対する警戒や不審の念は何処にもなかった。

ふと木製の床の上に、今までにない大きな変化を見つけた。前はパイプや排気口なんかの配管がむき出しだったバイクが、前輪のほうに赤く塗装されたカバーをかけられているのだ。たった1日であの状態からここまでやりのけたのか、と驚いた。俺の視線に気が付いた不動遊星もバイクを眺めて、突如立ち上がる。彼が足を進めるたび、木製の床がキイキイ悲鳴を上げる。そしてバイクの横に取りつけられていたスタンドを外して、俺が立つ瓦礫のコンクリの上にその車体をゆっくりと下ろした。

不動遊星と赤いバイクが、人工的な光と月明かりに照らされて、より一層色がハッキリと見えるようになった。強烈で鮮やかな赤が、視界に飛び込んでくる。

彼はおもむろに、背もたれから伸びている手すりのようなものを触った。ブロロロ。途端エンジンがかかり、排気口から霞がかった煙が立ち上る。煩い音だったが、バイクとしては普通の音にも聞こえた。しかしその音は直ぐ止まってしまった。壊れてしまったのだろうか?俺に理由は分からなかったが、不動は動じることなく、慣れた手つきでスタンドを立てた。

「お前が来るとDホイールの調子が良いな」

不動はしゃがみ、バイクの燃料タンク辺りをコンコン叩いた。軽い音がした。どうやら、あまり入っていないらしい。止まったのはそれが原因なのだろうか。それから、彼の発言を理解して首を傾げた。俺が来ることでどうしてそのバイクの調子が良くなるんだ。しかしそこをつっこむ前に、とりあえず単語の意味の確認を取るため、言葉を反芻することに決めた。

「…ディーホイール」

何処かで聞き覚えがある単語だと思ったら、このバイクを指す単語だったようだ。なるほど、実際に見ると普通にあるバイクとは形が違う。まず背もたれがある。そしてそれに付属している手すりはエンジンの起動の装置のようだった。まだ完成しているようには見えなかったが、色だけでなく形も、アニメで見た物にだいぶ近づいてきている。

不動遊星は道具箱からいろんな形の器具を取りだして、バイクを弄りだした。小さい部品パーツを取り外して、しげしげと眺めてはもう一度つけなおしたり、違う部品と取り換えたりする作業が始まる。真剣なその眼差しを横目で眺めつつ、俺は少し疑問に思ったことがあった。

初めて見たアニメでは、彼はすでにバイクに乗っていた気がする。こういう赤い色で、もっとパーツが付いていたと思う。何処となしか物が足りないと感じるのは、きっとその所為なんだろう。でもそれだけではない気がする。他に何が足りないんだ?もやもやと晴れない疑問を抱えて、俺は立ったまま、無意識に腕を組んで唸った。それでも不動は手を止めることはしなかった。


 * * *

暫くあって、不動遊星は俺を放置していることを思い出したらしい。すまない。本当に申し訳なさそうに言うその男は、バイクに対して職人にも似た強い思い入れがあるのだろうと男と思った。熱中すると周りが見えなくなるほど、好きなのだろう。俺だってそうだから、怒るなんて気はさらさら起きなかった。むしろ親近感すら覚える。

「これお前1人で作ったの?」
「ああ」
「…まさか、あの瓦礫の山から作ったのか」
「?そうだが」

ふと投げかけた質問に対する不動の受け応えに、俺は絶句した。コイツ実は天才なんじゃないか、そう思った。だってお世辞にも、この不動の工房(というか作業場とでもいうのだろうか)には、その類のハイテクな機械があるようには思えなかった。しかもあの、ゴミのような部品の数々から、形になるまで、1人で、作り上げたなんて。少なくとも俺の知り合いのバイク好きに、そんな奴は居なかった。

不動がエンジンをかけた。静かな夜には思いのほか音が響く。トンネルのようなこの場所もそれに拍車をかけているようだった。しばらく、何度か音を確認して、彼はその手すりから手を放す。一気に回転数が減ったエンジンが、ウウウ、と長く唸って止まる。辺りはまた、落ち着いた夜を取り戻した。俺は邪魔にならないようにと、冷たいコンクリートの壁に寄り掛かった。

「…お前は、俺が忘れそうになる頃に、姿を現すな」

ぽつりと零した不動遊星の背中越しでは、彼がどんな表情でそれを言ったのか分からなかった。俺は言葉を咀嚼すると、少し考えた。彼からすると、俺は、忘れたころに現れる男に見えるようだ。毎晩、寝るたびに来ているつもりなんだが。それは不動の記憶能力の問題なんでは有るまいか、など失礼極まりない思考が一瞬脳を埋め尽くした。発言の意図の半分も理解できなかったが、とりあえず誤解があるようだったので少し訂正を加える。

「いや、好きで来てるわけじゃない」
「…どういうことだ?」

目ざとく聞きつけた不動は、作業していたはずの手を止め、此方に向き直る。訝しげな視線と、さらなる説明を求める言葉を寄こした。

「……うーん」

俺だってどう説明したらいいかわからないのだ。だって寝たら此処に居る事ぐらいしか、俺には分からない。…なんて口に出したら、ただの精神病者の発言みたいだ。俺は少し背筋が寒くなって、視線を泳がせた。出会った時にも感じていたが、相変わらずこの男の眼力は強い。

「…違う世界から、来てるのか」

彼のその言い回しが大層的を得ていると思ったのもつかの間、ここにあったはずの俺の意識は瞬時に混濁へと変化する。続いて、"そちら"へ意識が浮上していくのを、さながら他人事のように感じていた。



「何処から来た」
LAST UP DATE>>10/08/20