目が開いた。俺は仰向けで地面に転がっていた。目の前には亀裂の入った部分に夜空が埋まっていて、満月の光が眩しかった。そして俺は、夢の世界に入り込んでしまったらしいと気が付いた。手をついて上半身を起こせば、トンネルだった。親近感の欠片もない殺風景で荒涼としたこの場所に来たのは、これが2度目だった。
俺は立ち上がった。ざり、ざり、と砂のような音が、靴越しの足に感覚を与える。砂利だった。そして俺はまた、バイトの時に来ていた服装と同じ服を着ていた。今度は俺がベッドに入った時と違うので、酷く違和感を感じた。
服に着いた砂利や汚れを、手で軽く叩いた。もう一度前を見据えれば、目の前に、同じようにぼんやりとした明かりがあった。俺は迷いなく足を前に出した。
* * *
「…誰だ」
今回も、つい昨日見た夢と同じ口ぶりで、夢の男は此方を見た。俺も、昨日の再現のように言葉を返す。シチュエーションは、間違い探しをするのも億劫になるぐらい、似通っていた。
「…よう、」
けれど、そこには前と大きく違う点が、幾つかあった。
一つは、俺が夢の男についての情報を多く得たということ。夕方にやっていたあるアニメを見て、主人公が夢の中で見た男と酷似しているだけでなく、声までそっくりなことに気味の悪ささえ覚えた俺は、主人公が夢の男とイコールではないかとさえ思った。文明の利器パソコンを駆使し、インターネット上で俺が知る限りの情報サイトで、検索してまわった。…不動遊星。それがアニメの主人公の名前だった。公式サイトなんかを見ているうち、カードゲームのアニメであることを知り、遊戯王の後続作品であることを知り(言っておくと俺は一番最初?のデュエルモンスターズしか知らなかった)、バイクに乗ってデュエルをするライディングデュエルがあるということも知った。
二つめに、この夢の世界についても知ったこと。これは主人公不動遊星と夢の男がイコールであると予感させる、ある言葉がヒントとなった。「サテライト」と、「ネオ童美野」である。こちらはウィキペディアというインターネット上の辞書で、不動遊星の項目にぱらぱらと出ていたことから気がついた。ネオ童美野シティっていうのが、上。サテライトっていうのが、下。そういう力関係で動いているらしい事。そして、夢はおそらくサテライトの方なんだろうというのを、想像するには容易かった。
そして、三つめ。バイク。夢の男は、昨日は黄色い籠に部品を仕分けていたが、専門的な知識が無い一般人の俺から見ても分かるぐらい、立派なバイクの原型がそこに出来上がっていた。これだけで十分すぎるほど、この夢に落ちる前の疑念は確信へと色を変えた。
このように知識を蓄えてしまった俺は、これがただの夢だとは思えなかった。アニメに出てくる主人公とソックリな男と会うなんて、聞いたことが無い。だからって俺がこうして夢にこれを見る理由はなんだ?疲れているのだろうか。
「…」
「…」
俺も、夢の男も、口を開かなかった。俺はなんて言っていいか分からなかった。ただ、男はバイクの傍らにしゃがんでいて、俺の方を見上げている。表情は、最初から全くと言っていいほど変わらない。ややあって男は此方を見るのを止めた。俺に興味を無くしたように見えた。背を向けた状態で立ち上がると、視線だけ此方に寄こして、口を開いた。
「お前に、聞きたい事がある」
俺もだ。と咄嗟に言える程、俺の口内は潤っていなくて、俺は頷くことで同意を示した。
* * *
俺が通されたのは小さな机とさびれたパイプ椅子がある、6畳ほどの小さな部屋だった。天井が低くて、圧迫感さえ感じる。加えて俺も男も声を出さないので、余計拍車がかかっているようだった。視線で促されて、俺はパイプ椅子に座った。ギシギシと金属が動いて嫌な音を出した。
「お前は、ネオ童美野シティの住人か?」
男は開口一番、昨夜俺が答え損ねた質問をぶつけてきた。今日一日で詰め込んだ知識から単語をひっこ抜いて思い出す。嘘をついたところでバレるのがオチだと判断して、ネオ童美野の住人ではないと主張する事にした。どういうことだ?というようなことを聞き返されるのを想定していたが、夢の男は思ったよりあっさり引きさがった。また沈黙が流れる。
それにしても見れば見るほどアニメの主人公にそっくりだ。モノマネなんてレベルじゃなくて、此処までくるとただのご本人様である。本当にそうだろうと思う反面、否定してほしいような気持ちで、今度は俺が口を開いた。
「…お前、名前なんつうの」
投げやり気味に問えば、男は青い目をぱちくりさせて、驚きを示した。一瞬の事過ぎて良く分からなかったが、それでも俺は確かにこの無表情な男が感情を示したのを見た。抑揚のない声で、返事が返ってくる。
「不動遊星だ」
確定だ。男の発言によって、俺は頭の中で作り上げていた仮定だらけの公式に、証明の印を押す事になった。驚きよりも何よりもまず、自分の予想があっていたことに酷い安堵を覚えた。
「お前の名前は」
目の前の男、不動遊星がそう言った途端に、視界がぐにゃりと歪んで、俺はまた意識を落とす。
「俺の名前は、」
LAST UP DATE>>10/08/19